『維新史』 維新史 2 p.464

Loading…

要素

頭注ノンブル

OCR テキスト

二無斷調印の經緯, すべきであると主張し、尾州藩主徳川慶恕は叡慮に基いて朝廷尊崇・公武一和の, 實を擧ぐべしと答申した。依つて堀田正睦は松平慶永に頼り、答申の趣旨が幕, 等は暫く答申書の提出を見合せ、以て之を將軍繼嗣の政爭に利用し、一橋黨の勢, 安政五年六月十三日米國軍艦ミシシッピ號は、下田港に入り、玉泉寺滯在中の, 藩主徳川慶篤は條約調印の不可を論じ、次いで三日徳川齊昭は夷狄の願望に從, つて、祖法を變更するは忠孝の道に反する、宜しく叡慮を遵奉して征夷の任を盡, みが未提出となり、他の諸藩は〓ね出揃つたのである。然も未提出の諸侯と雖, の勅許を仰がんとしたのであつた。然るに茲に圖らずも不測の事態に逢著し, も、其の意向は凡そ察知せられたので、幕府は愈〻是等の答申書を具して、條約調印, 府の趣旨に合しないのを理由として、其の修正を慶篤・慶恕等に勸説した。慶永, 力を挽囘しようとしたが、既に五月の末に至つて、慶永等二三の諸侯の答申書の, て、幕府は遂に無斷調印を敢行したのである。, 英佛艦隊, 來航の報, 第五編朝幕の乖離, 四六四

頭注

  • 英佛艦隊
  • 來航の報

  • 第五編朝幕の乖離

ノンブル

  • 四六四

注記 (17)

  • 349,995,56,588二無斷調印の經緯
  • 1502,582,61,2288すべきであると主張し、尾州藩主徳川慶恕は叡慮に基いて朝廷尊崇・公武一和の
  • 1384,583,63,2296實を擧ぐべしと答申した。依つて堀田正睦は松平慶永に頼り、答申の趣旨が幕
  • 1155,583,61,2294等は暫く答申書の提出を見合せ、以て之を將軍繼嗣の政爭に利用し、一橋黨の勢
  • 228,649,65,2215安政五年六月十三日米國軍艦ミシシッピ號は、下田港に入り、玉泉寺滯在中の
  • 1731,584,63,2299藩主徳川慶篤は條約調印の不可を論じ、次いで三日徳川齊昭は夷狄の願望に從
  • 1616,592,62,2289つて、祖法を變更するは忠孝の道に反する、宜しく叡慮を遵奉して征夷の任を盡
  • 925,588,60,2286みが未提出となり、他の諸藩は〓ね出揃つたのである。然も未提出の諸侯と雖
  • 691,586,63,2285の勅許を仰がんとしたのであつた。然るに茲に圖らずも不測の事態に逢著し
  • 810,584,61,2290も、其の意向は凡そ察知せられたので、幕府は愈〻是等の答申書を具して、條約調印
  • 1271,584,58,2293府の趣旨に合しないのを理由として、其の修正を慶篤・慶恕等に勸説した。慶永
  • 1041,586,59,2284力を挽囘しようとしたが、既に五月の末に至つて、慶永等二三の諸侯の答申書の
  • 580,591,58,1274て、幕府は遂に無斷調印を敢行したのである。
  • 273,326,43,167英佛艦隊
  • 230,324,40,170來航の報
  • 1854,733,44,474第五編朝幕の乖離
  • 1857,2382,37,118四六四

類似アイテム