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先づ朝廷に於いて將軍滯京日數を定められ、其の上にて攘夷の期限は決定せら, 見職・政事總裁職で決定あつても然るべしと論談に及んだが、慶喜は將軍が上洛, と協議を遂げ、將軍上洛の上で言上すると述べた。勅使は斯かることは將軍後, とも異るによつて舞樂拜見等は仰せ出されず、無盆の事は省略せられるなら、滯, つた。勅使は將軍後見職・政事總裁職の邊で將軍に代つて指揮あつて然るべき, 即答あれ、夫れ迄は此處に控へ居るべしと申入れたので、慶喜は慶永・容保・豐信等, ではないかと更に詰問する所があつたが、將軍の不在中では如何とも致し難い。, 重大事であるから篤と勘考の上明夕迄に奉答致すと答へたが、實美等は是非に, を終へて歸府の上でなくては決し難い。よつて期日は豫め言上し難いと申張, るべきであると主張した。座にあつた山内豐信は、此の度の上洛は寛永の上洛, 攘夷期限、于今言上無之、就テハ忿歎之諸有志如何之暴發有之候哉難計之間、深被, 惱叡慮候儀ニ付、今夜銘々及詰問期限決定之事可承旨」(實麗卿記)と。慶喜は事は, 在日數にも關係するであらうと注意し、勅使は何れは伺定の上でなくては申し, 先づ一橋慶喜・松平慶永に對して勅旨を傳宣した。曰く、「從先般被聞食度思召候, 第一章尊攘運動の極盛第一節尊攘氣勢の高潮, 三七一
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- 第一章尊攘運動の極盛第一節尊攘氣勢の高潮
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- 三七一
注記 (16)
- 706,566,60,2299先づ朝廷に於いて將軍滯京日數を定められ、其の上にて攘夷の期限は決定せら
- 1178,565,59,2305見職・政事總裁職で決定あつても然るべしと論談に及んだが、慶喜は將軍が上洛
- 1297,570,59,2301と協議を遂げ、將軍上洛の上で言上すると述べた。勅使は斯かることは將軍後
- 458,566,60,2305とも異るによつて舞樂拜見等は仰せ出されず、無盆の事は省略せられるなら、滯
- 942,575,59,2294つた。勅使は將軍後見職・政事總裁職の邊で將軍に代つて指揮あつて然るべき
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- 823,569,59,2316ではないかと更に詰問する所があつたが、將軍の不在中では如何とも致し難い。
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- 1060,568,60,2301を終へて歸府の上でなくては決し難い。よつて期日は豫め言上し難いと申張
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- 229,721,47,1245第一章尊攘運動の極盛第一節尊攘氣勢の高潮
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