『維新史』 維新史 2 p.541

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清水寺の僧月照をして左の内書を傳へしめた。, はれざる時は、將軍宣下の儀を姑く延期すべしとさへ唱へたのであつた。故に, 安政五年七月二十一日齊彬の命に依り歸國の途に就いて伏見に入るや、忠熙は, をして故家定將軍に寫經一卷を贈るを名義と, 若異變之儀有之候テハ、全體朝廷甚御手薄之御事故、自然火急之節ハ御警衞如, めて、其の違勅と擅權とを詰問すべく、若し斯くの如き改革と積弊打破にして行, 堀仲左衞門等に旨を授け、慶喜擁立の議を幕府大奧に周旋せしめたのであつた。, 意を示す所があつた。出雲は夙に時務に通じ、藩主島津齊彬に最も寵用せられ, 八月十六日諸大夫丹羽正庸, 内・日下部伊三次・飯泉喜内等と協議し、九月末に歸京した。, 夷國一條ニ付關東之所置、何共不得其意事共ニテ、今般被仰遣候御次第モ有之、, して東下せしめ、實は關東の情勢を探索せしめた。正庸は江戸に於いて橋本左, て大監察に任じ、久しく江戸藩邸に在勤し、繼嗣問題起るに及んでは、西郷吉兵衞・, 時に近衞忠熙も亦京都非常の變に備へんとして、薩州藩家老〓田出雲, に内, を大老たらしめる意圖をも藏せるものと考へられる。而して直弼を上京せし, 豐前, 純, 守, 正, 近衞忠熙, 第三章大獄第一節密勅降下後の情勢, 五四一

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  • 豐前

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  • 近衞忠熙

  • 第三章大獄第一節密勅降下後の情勢

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  • 五四一

注記 (23)

  • 582,568,60,1348清水寺の僧月照をして左の内書を傳へしめた。
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