『維新史』 維新史 3 p.18

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の耳目を聳動したのであつた。, に於かせられては深く御嘉納あらせられ、畏くも七八年來絶えて無き愉快の儀, し、且つ慶親の幕、府に呈せる建白書を同封して、甲谷岩熊を介して之を呈上した。, ずして、爾來愈〻周旋のことに奔走し、三月二十六日には議奏中山忠能・右近衞權少, 越えて二十一日實愛は雅樂を召し、周旋の顛末は昨日之を内奏し奉れるに、天皇, ざるを得なかつた。即ち雅樂の運動漸く效を奏せる時に當り、西南各地に於け, に〓して、江戸に於ける周旋の情況を縷述し、尋いで實愛の求めにより、之を筆記, 併し乍ら雅樂の公武周旋は殆んど成功の終幕に近づかんとして、俄然蹉跌せ, 將岩倉具視・正三位大原重徳等に入説を試み、建白は諸方に喧傳せられて、痛く世, に接し欣快なりとの御諚を拜せる旨を傳宣した。されば雅樂は感激措く能は, んとし、雅樂も亦其の渦中に卷き込まれざるを得なくなつたのである。, を發して、率兵東上の途に就くや、之を契機として、尊攘の空氣は上國を蓋ふに至, つた。即ち文久二年の春に當つて、時勢は俄に暗雲低迷して局面の急轉囘を見, が鹿兒島, る志士の討幕計畫は漸次進展し、遂に三月十六日薩州藩の島津久光, 泉, 和, 第九編雄藩の國事斡旋, 一八

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  • 第九編雄藩の國事斡旋

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  • 一八

注記 (19)

  • 912,574,57,875の耳目を聳動したのであつた。
  • 1382,565,63,2302に於かせられては深く御嘉納あらせられ、畏くも七八年來絶えて無き愉快の儀
  • 1618,563,65,2318し、且つ慶親の幕、府に呈せる建白書を同封して、甲谷岩熊を介して之を呈上した。
  • 1144,562,65,2305ずして、爾來愈〻周旋のことに奔走し、三月二十六日には議奏中山忠能・右近衞權少
  • 1499,560,64,2306越えて二十一日實愛は雅樂を召し、周旋の顛末は昨日之を内奏し奉れるに、天皇
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  • 1738,564,61,2295に〓して、江戸に於ける周旋の情況を縷述し、尋いで實愛の求めにより、之を筆記
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