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び弟理兵衞, 於いては討幕の方策を論じた。從つて和泉の第二子主馬, 上つたが爲に、却つて罪を獲、同年五月久留米より四里を隔てた下妻郡水田村の, 弟大鳥居理兵衞宅に蟄居を命ぜられた。爾來文久二年二月に至るまで、幽棲生, 五月二十五日には楠公祭を行つて其の殉忠を偲び、安政五年には「天命論」「國體策, 訪れ、滯留數日、主馬・理兵衞より和泉の意の存する所を審かにし、次いで文久元年, 訪れる者は歳と共に加はり、安政三年五月には、田中河内介は瀬下町の眞木家を, 活は實に十年餘の久しきに亙つたが、國事を憂ふる念は聊かも衰へずして、毎年, るに嘉永五年二月、同志と謀つて藩政改革に關する封事を藩主有馬慶頼, 殿東南廡下に拜觀するの光榮に浴し、是に盆〻尊王の志を固うするに至つた。然, 十二月には、清河八郎が山梔窩を訪れて親しく囘天策を議し、筑前の平野國臣・肥, 王の志は烈々たるものがあつた。故に當時志士にして水田村の幽屋山梔窩を, を前内大臣三條實萬に上り、又「經緯愚説」に於いては宇内一帝説を論じ、「大夢記」に, 即位の大禮を擧げさせられるに際しては、參議野宮定祥・定功父子によつて神嘉, ・第四子菊四郎弦及, 外記, 彌傳次, 等は何れも和泉の影響を受けて、勤, に, 氏就、小野, 家を繼ぐ, 大輔, 中務, 居家を繼ぐ, 信臣、大鳥, 直, 人, 忠, 佐, 田村蟄居, 和泉の水, 第二章薩州藩の進出第一節尊攘浪士の活躍と九州志士の蹶起, 五三
割注
- 氏就、小野
- 家を繼ぐ
- 大輔
- 中務
- 居家を繼ぐ
- 信臣、大鳥
- 直
- 人
- 忠
- 佐
頭注
- 田村蟄居
- 和泉の水
柱
- 第二章薩州藩の進出第一節尊攘浪士の活躍と九州志士の蹶起
ノンブル
- 五三
注記 (33)
- 807,542,56,326び弟理兵衞
- 916,540,66,1688於いては討幕の方策を論じた。從つて和泉の第二子主馬
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- 1385,536,62,2316弟大鳥居理兵衞宅に蟄居を命ぜられた。爾來文久二年二月に至るまで、幽棲生
- 1149,542,65,2321五月二十五日には楠公祭を行つて其の殉忠を偲び、安政五年には「天命論」「國體策
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- 1266,540,66,2308活は實に十年餘の久しきに亙つたが、國事を憂ふる念は聊かも衰へずして、毎年
- 1618,544,63,2105るに嘉永五年二月、同志と謀つて藩政改革に關する封事を藩主有馬慶頼
- 1736,543,63,2316殿東南廡下に拜觀するの光榮に浴し、是に盆〻尊王の志を固うするに至つた。然
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- 679,536,64,2312王の志は烈々たるものがあつた。故に當時志士にして水田村の幽屋山梔窩を
- 1033,543,65,2309を前内大臣三條實萬に上り、又「經緯愚説」に於いては宇内一帝説を論じ、「大夢記」に
- 1853,547,62,2307即位の大禮を擧げさせられるに際しては、參議野宮定祥・定功父子によつて神嘉
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