『維新史』 維新史 3 p.105

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津七左衞門, べき旨を達せられたのであつた。, き役名をも示された。且つ勅使の態度は柔言懇切なるべく、獨斷專行に亙る行, 々御沙汰書を賜り、三事の策を授けられて、勅使を輔佐して叡慮の貫徹に盡力す, 答禮使・日光例幣使の外は、臨時の大禮に際して差遣せられたのに止まり、其の從, 爲を禁じ、薩長二藩の確執を避けしめ、久世閣老の東上と出會せる時は穩便を旨, とすべきこと等、巨細に亙つて諭し給うた。時に久光及び在府中の慶親にも夫, 斯くて五月二十一日、重徳は東下の御暇乞として參内するや、天皇には畏くも, なる準備を進めながら、一路東海道を下つた。思ふに、從來關東への勅使は、年賀, 之を御小座敷に御引見遊ばさせられ、天盃並びに賢所の御供米を賜つた。翌二, 重徳・久光は桑名驛に同宿して、互に三事の策に就いて協議し、使命の達成に周到, 者は僅かに家司・侍等の外は、臨時雇傭の雜色・人足等で、小諸侯參勤の行列にも及, 光は更に進んで草津に到つたが、久光は重徳の依囑により、吉井幸輔, 十二日、重徳は京都を發し、久光も亦手兵を率ゐて之に從ひ、重徳は大津に著し、久, 等十人を其の從士として警護の任に當らしめた。二十五日には, ・野, 仲助、友實, 初仁左衞門, 鎭, 雄, 勅使の發, 向, 第一章勅使大原重徳の東下第一節勅使差遣の事情と其の使命, 一〇五

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  • 仲助、友實
  • 初仁左衞門

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  • 勅使の發

  • 第一章勅使大原重徳の東下第一節勅使差遣の事情と其の使命

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  • 一〇五

注記 (24)

  • 811,570,55,325津七左衞門
  • 1414,574,56,944べき旨を達せられたのであつた。
  • 1879,570,61,2302き役名をも示された。且つ勅使の態度は柔言懇切なるべく、獨斷專行に亙る行
  • 1530,571,59,2305々御沙汰書を賜り、三事の策を授けられて、勅使を輔佐して叡慮の貫徹に盡力す
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