『維新史』 維新史 3 p.233

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今囘の優柔不斷の藩議には不滿を有してゐたものの、若し藩主の出發前に異議, 十日此の旨を實美に答へた。, ずしては決し難く、仍つて藩主は一先づ參朝せずに東下すべきも、禁闕守衞の人, した曉、又入朝を勸め得べき機會もあらうかとて、先行したのであつた。果せる, 哉、播州姫路に於いて、瑞山は江戸より歸國の途にあつた大石彌太郎と會して、京, 數のみは、從士の一半を割いて之に充て、以て朝命に應ずると云ふに決し、六月二, を發せんか、藩主の東上を彌が上にも遷延せしめることとなり、却つて保守派に, うと猜疑して、依然姑息なる態度を以て、目前を糊塗するに汲々たる有樣であつ, 抑制することとなつた。瑞山は白札郷士小頭の卑職を帶びて先發したが、彼は, 五兵衞・小南五郎右衞門等扈從し、平井收二郎以下の尊攘派志士も亦多數從士と, して加はつた。獨り平井善之丞は留守居として藩廳に留まり、俗論黨の擡頭を, た。即ち藩主は齡十七歳の若年なれば、參朝の大事は在府の前藩主豐信に謀ら, 斯くて同月二十八日、豐範は高知城下を出發した。酒井下總・桐間將監・小八木, 乘ぜられるやも測られざるべく、此の際は姑く隱忍し、藩主の駕一たび封境を發, の發足, 山内豐範, 第三章土州藩の擡頭第二節山内豐範の入京, 二三三

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  • の發足
  • 山内豐範

  • 第三章土州藩の擡頭第二節山内豐範の入京

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  • 二三三

注記 (18)

  • 791,551,69,2316今囘の優柔不斷の藩議には不滿を有してゐたものの、若し藩主の出發前に異議
  • 1384,551,60,816十日此の旨を實美に答へた。
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  • 436,557,69,2307した曉、又入朝を勸め得べき機會もあらうかとて、先行したのであつた。果せる
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