『維新史』 維新史 3 p.267

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斯かる空氣の裡にあつて、閏八月五日手元役宍戸左馬介, 候ハヽ、乍恐從是御斷申上候儀モ可有御座候、云々」とあるが、若し右の時勢行はれ, 越猪〓的な議論が長州藩論を指導し、やがては京都の大勢を支配したのである。, に而散財致す事も、御兩殿樣京武御在居も、皆々譯も分らぬ無盆事に御座候。, と秋霜烈日の文字を列ねた。「眞勤王」を「功名勤王」と峻別し、一切の謀略を排して、, 決心未た附ぬのに勤王と申唱へ、右樣の虚動有之義は、功名勤王にて眞勤王に, 右樣御處置有るも、右樣の取計致而も、皆々今日必死の時と決心出來ぬ故也。, 幕府小吏の穴をつゝく事も、水府有志・薩土の有志と謀るも、我藩俗吏京師江戸, は無之事。, たのに對し、藩議を代表して内容の不可なるを論ずる所があつた。即ち幕府の, 功邸に赴き、先に八月七日幕府が松平慶永の上京猶豫を請ふ旨の書面を捧呈し, 書面の末尾に「御至當之御儀ハ何分ニモ尊奉可仕、自然於時勢難被行候儀モ御座, 遮二無二破約攘夷の朝命を奉承すべしとしたのである。玄瑞・晉作の斯かる激, 今日必死の時節と決心仕候得は、公卿方へ出入も、越前春嶽・一橋公への議論も、, (東行先生遺文), は、議奏野宮定, に無之事。(東行先生遺文), 九郎兵衞, 眞澂, る長州藩, 幕府の上, 書に對す, の非難, 第四章勅使三條實美・姉小路公知の東下第二節攘夷別勅使の差遣, 二六七

割注

  • 九郎兵衞
  • 眞澂

頭注

  • る長州藩
  • 幕府の上
  • 書に對す
  • の非難

  • 第四章勅使三條實美・姉小路公知の東下第二節攘夷別勅使の差遣

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  • 二六七

注記 (25)

  • 793,624,67,1626斯かる空氣の裡にあつて、閏八月五日手元役宍戸左馬介
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