『維新史』 維新史 3 p.309

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長常・淺野氏祐, 五日福井藩主松平茂昭, 年二月を以て將軍入朝の期となすべきを諸侯に布告した、, 勅旨奉承問題の經緯に鑑み、將軍上洛の要は愈〻痛感せられるに至つた。十二月, 太平の迷夢より覺醒せしめるといふに一致した。斯くて閏八月二十二日、老中, にして、率爾上洛あるは然るべからずと論じて、將軍後見職・政事總裁職が將軍名, 陳謝し奉り、眞實の公武合體の成就する迄は數年なりとも滯留し、以て時勢に順, 幾ばくもなく攘夷勅使東下の事あり、爲に上洛の準備は一時延引せられたが、, 水野忠精・若年寄堀之敏, 針を決し、行裝は專ら質素簡易を旨とし、以て經費を輕くし、兼ねて旗本等をして, 應せる公明正大の國是を確立すべきであると建言した。武市瑞山も亦退府の, 代として上京すべきことを主張した。併し横井小楠が一橋慶喜・板倉勝靜・岡部, 矢張り道中筋の疲弊は免れざるべく、殊に薩長の人數京攝に横行するを其の儘, は、書を幕府に呈し、將軍自ら參朝して積年の〓政を, 前日、六日に慶永邸に到り、現時江戸にて見聞する所は公武合體の姿なるも、京師, 等の要路を歴訪説得するに及んで、幕議も漸く將軍上洛の方, 以下を將軍上洛用掛に任じ、更に九月七日には、明, 出雲守, 椎谷藩主, 伊賀, 越前, 守, 守, 上洛に決, 幕議將軍, の建言, 松平茂昭, 武市瑞山, 定, 第四章勅使三條實美・姉小路公知の東下第四節勅旨傳達と將軍の上洛決, 三〇九

割注

  • 出雲守
  • 椎谷藩主
  • 伊賀
  • 越前

頭注

  • 上洛に決
  • 幕議將軍
  • の建言
  • 松平茂昭
  • 武市瑞山

  • 第四章勅使三條實美・姉小路公知の東下第四節勅旨傳達と將軍の上洛決

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  • 三〇九

注記 (31)

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