『維新史』 維新史 3 p.672

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勢が漸く整ひ、又横濱鎖港談判使節も歐洲に向つて出發するに及び、幕府は之を, に國是を議せしめようとせられた。仍つて慶喜は先づ上京し、八月十八日政變, 文久三年秋、島津久光等公武合體派の諸大名が、朝命を受けて陸續として入京, 將軍の上京に就いて大いに狐疑逡巡した。併し京都に於いては公武合體の態, 後の政局の安定を圖り、將軍入京の準備を進めた。因循なる幕府の要路は、初め, 以て一時朝廷よりの鎖港の御督責を免れ得ると考へた。茲に將軍は、文久三年, するや、朝廷は更に將軍家茂及び將軍後見職一橋慶喜をも召し、此等諸大名と共, 一將軍家茂の入京, 第二章將軍の再上洛と政局の推移, 第一節將軍の入京, 將軍の江, 戸發途, 第二章將軍の再上洛と政局の推移第一節將軍の入京, 六七三

頭注

  • 將軍の江
  • 戸發途

  • 第二章將軍の再上洛と政局の推移第一節將軍の入京

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  • 六七三

注記 (14)

  • 439,571,77,2311勢が漸く整ひ、又横濱鎖港談判使節も歐洲に向つて出發するに及び、幕府は之を
  • 787,574,81,2298に國是を議せしめようとせられた。仍つて慶喜は先づ上京し、八月十八日政變
  • 1020,628,83,2236文久三年秋、島津久光等公武合體派の諸大名が、朝命を受けて陸續として入京
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