『維新史』 維新史 3 p.710

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したのである。, 瓦解に歸し、爲に政局の不安と國政の沈滯とを釀すに至つたのである。, 日將軍は幕艦翔鶴丸に搭乘して海路東歸の途に就き、二十日江戸に歸著した。, まで隨從した一橋慶喜と其に、攝津・和泉海岸の諸砲臺を巡察した。尋いで十六, との深き、幕府を御倚頼あらせられることの厚き、拜察するだに畏き極みである。, に幕府は稍〻其の衰運を挽囘し得たかの如くに見えた。併し慶喜を始め幕府要, 路は依然因循姑息にして、斷乎たる庶政一新の改革を成す能はず、上は公武一和, を拜し、加ふるに公武合體を冀望する堂上・諸大名は〓りに國事の周旋に努め、爲, 越えて五月七日、將軍は二條城を發して大坂に下り、十一日には見送の爲、大坂, なかつた。茲に一旦雄藩の間に成立した公武合體派の連衡は、須臾にして土崩, を望ませ給ふ畏き叡旨に對へ奉り、下は國民上下の衆望を聚めるの措置に出で, 將軍は滯京半歳の間、屡〻參内して優渥なる勅諚を賜り、又庶政御委任の御沙汰, と宣はせられた。叡慮は公武一和を望ませ給ひ、時事を御軫念あらせられるこ, 文久三年十二月二十七日、朝命に依つて上京してより、實に半歳を經過して歸府, 京都の情, 將軍東歸, 勢, 第二章將軍の再上洛と政局の推移第三節公武合體派の分裂, 七一一

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  • 京都の情
  • 將軍東歸

  • 第二章將軍の再上洛と政局の推移第三節公武合體派の分裂

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  • 七一一

注記 (19)

  • 1129,556,51,405したのである。
  • 309,546,64,2057瓦解に歸し、爲に政局の不安と國政の沈滯とを釀すに至つたのである。
  • 1361,554,62,2250日將軍は幕艦翔鶴丸に搭乘して海路東歸の途に就き、二十日江戸に歸著した。
  • 1486,558,60,2296まで隨從した一橋慶喜と其に、攝津・和泉海岸の諸砲臺を巡察した。尋いで十六
  • 1735,560,61,2313との深き、幕府を御倚頼あらせられることの厚き、拜察するだに畏き極みである。
  • 777,551,61,2304に幕府は稍〻其の衰運を挽囘し得たかの如くに見えた。併し慶喜を始め幕府要
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