『維新史』 維新史 3 p.673

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を希望する有樣であつたが、慶喜は將軍が相當の期間に亙つて滯京する事が、公, 循固陋であつて、將軍の滯京を不可とし、當初より將軍が急速に東歸すべきこと, り、特に非常の際には、水戸藩主徳川慶篤の指揮を受ける事とした。, 十二月二十七日江戸を發し、幕艦翔鶴丸に搭じて海路上京の途に就いた。而し, が政局に及す影響に期待する所が頗る大であつた。江戸の幕府有司は依然因, て江戸に於いては老中板倉勝靜・同井上正直・同牧野忠恭等が留まつて政事に當, 密な氣運を釀し得るは固より、奢侈淫逸に流れた江戸大奧の積弊を除くにも好, 軍上京の上は、大坂城内に簡易な大奧を構へて兩三年間滯在すれば、朝幕間に親, 是より先京都に於いては、一橋慶喜を始め公武合體派の諸大名は、將軍の上洛, 武合體運動にとつて如何に緊要であるかを察知してゐた。加ふるに慶喜は、將, 保の命を受けて大坂に至り、將軍を迎へて之が護衞の任に當つた。, 良, ちに上陸して大坂城に入り、會津藩家老神保利孝, 時恰も冬季、洋上の風波常に激しく、翔鶴丸は浦賀・下田・子浦, 等に泊を重ねて、翌元治元年正月八日大坂天保山沖に投錨した。將軍は直, 安乘, は藩主京都守護職松平容, 大島, 由, 内藏, 淡, 路, 助, 志, 摩, 伊, 二伊, 紀, 豆, 公武合體, 派の將軍, 大坂著, の希望, 長期滯京, 第十二編公武合體運動の進展, 六七四

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  • 内藏
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  • 公武合體
  • 派の將軍
  • 大坂著
  • の希望
  • 長期滯京

  • 第十二編公武合體運動の進展

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  • 六七四

注記 (36)

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