『維新史』 維新史 3 p.311

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に於いては幕府の所期せし如き攘夷策略は求むべくもなかつた。, 實御國内ニ徹底仕候外有御座間敷哉ニ奉存候」(池田家史料草案)と云ひ、紀州藩が, は「唯々御下知ニ隨ヒ忠節ヲ可勵」と云ひ、或る者は、御下知に從ひ、身命を擲ち奉公, る有樣であつた。備前藩が「策略は人心之和ニ基き、其大本は乍恐御尊王之御情, 仕るべきも、弊藩は海岸防禦、舟楫操練に不馴れに就き、念の爲言上し置くと陳ず, の確信なきに發せることは明白であつて、或る者は「策略見込無之」と云ひ、或る者, たが、續いて十二月四日には、大坂警備視察の爲、西上を命ぜられ、且つ臨機上京す, 是より先、慶喜は先發上京を命ぜられ、十一月朔日には、權中納言に陞任せられ, 「天時ハ地利、地利ハ人和之一語ニ可有之、廣ク御仁政ヲ被爲布、國民御憐恤、億兆同, 心、人心固結之事」(通熙卿手録)と云へる如きは、稍〻傾聽に値する言であつたが、大體, 我の曲直、名義の有無は彼等の常に口にする所であるが、避戰の眞意が武備策略, 崎・箱館の二港に限り交易を許すべしとの其の場逃れの論に過ぎなかつた。彼, 上は非常の重任なるも、家臣無人なる旨を告げて、耕雲齋以下十人程の水戸藩士, べきを達せられた。仍つて慶喜は水戸藩家老武田耕雲齋, に對して、今度の西, 生, 正, 慶喜の上, 京, 第四章勅使三條實美・姉小路公知の東下第四節勅旨傳達と將軍の上洛決定, 三一一

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  • 慶喜の上

  • 第四章勅使三條實美・姉小路公知の東下第四節勅旨傳達と將軍の上洛決定

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  • 三一一

注記 (21)

  • 811,576,69,1908に於いては幕府の所期せし如き攘夷策略は求むべくもなかつた。
  • 1163,566,75,2310實御國内ニ徹底仕候外有御座間敷哉ニ奉存候」(池田家史料草案)と云ひ、紀州藩が
  • 1519,571,73,2301は「唯々御下知ニ隨ヒ忠節ヲ可勵」と云ひ、或る者は、御下知に從ひ、身命を擲ち奉公
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  • 1401,570,73,2308仕るべきも、弊藩は海岸防禦、舟楫操練に不馴れに就き、念の爲言上し置くと陳ず
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  • 564,579,76,2302たが、續いて十二月四日には、大坂警備視察の爲、西上を命ぜられ、且つ臨機上京す
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