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三敗戰, 八月二十日中山忠光等は、五條に池内藏太・安積五郎・水郡善之祐等數人を留め、, の許に至り、勅命と稱して兵器・糧, 忠光の旨を受けて高野山に赴き、擧兵の趣旨を説いた。, 十津川郷に向つて發足した。五條を出でて二里ばかり、賀名生の皇居御遺跡に, に引返して、此所に滯陣することとなつた。吉村寅太郎・保母健は更に南下して, 懷舊の〓に咽び、天ノ川辻を經て坂本村に至つて一泊し、翌日坂本から天ノ川辻, へ出張可有之、若無故及遲滯候者ハ御由緒被召放、品ニヨリ可被處嚴科候條、其心, 得ヲ以テ早々出張可有之」(十津川記事)と達した。是に應じて野崎主計, 是より先、那須信吾は高取藩主植村家保, が天ノ川辻に集合し、一軍の士氣は頓に振つた。又二十二日上田宗兒, 郷士召募の事に當り、「火急之御用ニ付、十五歳ヨリ五十歳迄不殘明廿四日御本陣, 理・田中主馬藏・丸谷志津馬・沖垣郭之進を始めとする十津川郷士全員ほぼ千餘人, 食の調達を要求した。高取藩では馬二匹・鐵砲三十挺・槍三十筋を獻納したが、糧, は, 深瀬繁, 駿河, 則正、元, 土州藩士, 盛, 守, 正, 十津川郷, 高取城の, 士召募, 攻撃, 第十一編尊攘運動の展開, 五九四
割注
- 駿河
- 則正、元
- 土州藩士
- 盛
- 守
- 正
頭注
- 十津川郷
- 高取城の
- 士召募
- 攻撃
柱
- 第十一編尊攘運動の展開
ノンブル
- 五九四
注記 (28)
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