『維新史』 維新史 3 p.666

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城在京日記)との處分策の大綱を示した。, しからす」(續再夢紀事)と薩州藩を慰諭し、且つ「長州へ七卿差出候樣、並ニ盆田始暴, 假らす大樹公親征せらるへしと申立」、一橋慶喜は幕府の現状から見て將軍の親, 借用して使用中であつた爲、更に薩長二藩に間〓が生じた。薩州藩士は激〓し, 藩處分の問題を急速に決定する事が當面の急務となつた。元治元年正月二日, 松平慶永・松平容保・伊達宗城・島津久光が一橋慶喜の旅館に會した際、慶喜は「長の, 罪ハ今後取糺すへき時機あるへけれハ、今日に於て些細の事より事を開くハ宜, 徒も出候樣被仰候付、若シ背御沙汰候ハヽ、於幕府爲誅戮打手可被差向事」(伊達宗, 長州藩處分の具體策に就いては、種々議論が生じ、松平容保は「此際外藩の力を, かくて文久三年の暮を迎へても、長州藩處分の問題は未解決であつたが、偶〻十二, て、京都の長州藩邸を燒き拂ふべしと迄主張した。かくの如き事のあつて、長州, 國船と誤認して砲撃し、之を沈沒せしめた事件が起つた。該船は當時薩州藩が, 月二十四日長州藩奇兵隊士が、豐前國田ノ浦沖に碇泊中の幕府汽船長崎丸を外, 調書を携へて入京を請うた時にも、是に對する朝議は容易に一定しなかつた。, の長崎丸, 奇兵隊士, 松平容保, の處分意, 長州藩處, 砲撃, 分の大綱, 見, 第一章政變後の政局第二節公武含體運動の展開, 六六一

頭注

  • の長崎丸
  • 奇兵隊士
  • 松平容保
  • の處分意
  • 長州藩處
  • 砲撃
  • 分の大綱

  • 第一章政變後の政局第二節公武含體運動の展開

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  • 六六一

注記 (24)

  • 542,547,64,1165城在京日記)との處分策の大綱を示した。
  • 777,554,89,2306しからす」(續再夢紀事)と薩州藩を慰諭し、且つ「長州へ七卿差出候樣、並ニ盆田始暴
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