Loading…
要素
割注頭注ノンブル
OCR テキスト
十月義邦は幕府の嫌疑を受け、歸府を命ぜられたので、其の出發に臨み龍馬の身, 薩長連合に盡瘁したのであつた。, 最も宜しからずと説いた。不幸時勢利あらず、其の周旋は成功しなかつたが、後, 介により始めて西郷吉之助に會ひ、これより兩人の間に親交が結ばれた。同年, を送つて、今や攘夷行はれ、全國の人心一致を要するの時。薩長兩藩の抗爭するは, の安危を慮つて、之を薩州藩家老小松帶刀に託した。慶應元年五月龍馬は吉之, く動けるを看取し、是が周旋を決意するに至つた。, は、文久三年九月〓藩して長州三田尻の招賢閣に走り、三條, 實美等の一行に隨つた。禁門の變には長州軍に加はつて中立賣門に奮戰負傷, 日瑞山の後輩たる坂本龍馬・中岡愼太郎・土方楠左衞門は先輩の遺志を繼承して, 助と共に鹿兒島に赴いたが、薩州藩論の一轉して反幕に歸し、薩長連合の機運漸, 坂本龍馬, の後を承けて、忠勇隊長に推され、下關外戰にも參加した。, 四月義邦が神戸海軍操練所を設置するや、之に入つたが、元治元年八月義邦の紹, し、其の後眞木和泉, 他方中岡愼太郎, は文久二年〓藩して江戸に下り、勝義邦の塾に入つた。文久三年, 直, 道, 柔, 正, 保, 臣, 臣保, の行動, 中岡愼太, 坂本龍馬, 郎の周旋, 第十五編第二囘征長の役, 四五二
割注
- 直
- 道
- 柔
- 正
- 保
- 臣
- 臣保
頭注
- の行動
- 中岡愼太
- 坂本龍馬
- 郎の周旋
柱
- 第十五編第二囘征長の役
ノンブル
- 四五二
注記 (30)
- 907,566,58,2282十月義邦は幕府の嫌疑を受け、歸府を命ぜられたので、其の出發に臨み龍馬の身
- 1374,565,55,947薩長連合に盡瘁したのであつた。
- 1613,565,58,2283最も宜しからずと説いた。不幸時勢利あらず、其の周旋は成功しなかつたが、後
- 1023,568,57,2279介により始めて西郷吉之助に會ひ、これより兩人の間に親交が結ばれた。同年
- 1729,569,58,2278を送つて、今や攘夷行はれ、全國の人心一致を要するの時。薩長兩藩の抗爭するは
- 788,575,58,2277の安危を慮つて、之を薩州藩家老小松帶刀に託した。慶應元年五月龍馬は吉之
- 555,567,57,1421く動けるを看取し、是が周旋を決意するに至つた。
- 435,1179,56,1673は、文久三年九月〓藩して長州三田尻の招賢閣に走り、三條
- 314,569,59,2281實美等の一行に隨つた。禁門の變には長州軍に加はつて中立賣門に奮戰負傷
- 1493,569,57,2274日瑞山の後輩たる坂本龍馬・中岡愼太郎・土方楠左衞門は先輩の遺志を繼承して
- 669,567,59,2279助と共に鹿兒島に赴いたが、薩州藩論の一轉して反幕に歸し、薩長連合の機運漸
- 1258,637,55,250坂本龍馬
- 197,1185,58,1614の後を承けて、忠勇隊長に推され、下關外戰にも參加した。
- 1137,570,58,2286四月義邦が神戸海軍操練所を設置するや、之に入つたが、元治元年八月義邦の紹
- 195,572,57,517し、其の後眞木和泉
- 435,633,56,457他方中岡愼太郎
- 1257,978,57,1873は文久二年〓藩して江戸に下り、勝義邦の塾に入つた。文久三年
- 1290,905,40,37直
- 465,1106,42,37道
- 1243,907,41,37柔
- 420,1108,42,32正
- 224,1107,43,37保
- 184,1109,42,35臣
- 183,1107,84,38臣保
- 1214,310,41,118の行動
- 434,307,40,160中岡愼太
- 1259,307,41,163坂本龍馬
- 391,306,39,164郎の周旋
- 1844,684,44,638第十五編第二囘征長の役
- 1846,2331,44,120四五二







