『維新史』 維新史 4 p.452

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十月義邦は幕府の嫌疑を受け、歸府を命ぜられたので、其の出發に臨み龍馬の身, 薩長連合に盡瘁したのであつた。, 最も宜しからずと説いた。不幸時勢利あらず、其の周旋は成功しなかつたが、後, 介により始めて西郷吉之助に會ひ、これより兩人の間に親交が結ばれた。同年, を送つて、今や攘夷行はれ、全國の人心一致を要するの時。薩長兩藩の抗爭するは, の安危を慮つて、之を薩州藩家老小松帶刀に託した。慶應元年五月龍馬は吉之, く動けるを看取し、是が周旋を決意するに至つた。, は、文久三年九月〓藩して長州三田尻の招賢閣に走り、三條, 實美等の一行に隨つた。禁門の變には長州軍に加はつて中立賣門に奮戰負傷, 日瑞山の後輩たる坂本龍馬・中岡愼太郎・土方楠左衞門は先輩の遺志を繼承して, 助と共に鹿兒島に赴いたが、薩州藩論の一轉して反幕に歸し、薩長連合の機運漸, 坂本龍馬, の後を承けて、忠勇隊長に推され、下關外戰にも參加した。, 四月義邦が神戸海軍操練所を設置するや、之に入つたが、元治元年八月義邦の紹, し、其の後眞木和泉, 他方中岡愼太郎, は文久二年〓藩して江戸に下り、勝義邦の塾に入つた。文久三年, 直, 道, 柔, 正, 保, 臣, 臣保, の行動, 中岡愼太, 坂本龍馬, 郎の周旋, 第十五編第二囘征長の役, 四五二

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  • 臣保

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  • の行動
  • 中岡愼太
  • 坂本龍馬
  • 郎の周旋

  • 第十五編第二囘征長の役

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  • 四五二

注記 (30)

  • 907,566,58,2282十月義邦は幕府の嫌疑を受け、歸府を命ぜられたので、其の出發に臨み龍馬の身
  • 1374,565,55,947薩長連合に盡瘁したのであつた。
  • 1613,565,58,2283最も宜しからずと説いた。不幸時勢利あらず、其の周旋は成功しなかつたが、後
  • 1023,568,57,2279介により始めて西郷吉之助に會ひ、これより兩人の間に親交が結ばれた。同年
  • 1729,569,58,2278を送つて、今や攘夷行はれ、全國の人心一致を要するの時。薩長兩藩の抗爭するは
  • 788,575,58,2277の安危を慮つて、之を薩州藩家老小松帶刀に託した。慶應元年五月龍馬は吉之
  • 555,567,57,1421く動けるを看取し、是が周旋を決意するに至つた。
  • 435,1179,56,1673は、文久三年九月〓藩して長州三田尻の招賢閣に走り、三條
  • 314,569,59,2281實美等の一行に隨つた。禁門の變には長州軍に加はつて中立賣門に奮戰負傷
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