『維新史』 維新史 4 p.544

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二將軍宣下, 慶應二年七月二十九日老中板倉勝靜等が上使として慶喜に宗家相續及び防, のである。而して和宮及び天璋院も亦前述せる板倉勝靜等の伺に對して御同, 長出陣の台命を傳へた際、慶喜は之を奉ずるも、將軍職拜任の事は言を悉して固, 意の旨を表せられ、慶喜の後は必ず田安龜之助に繼がしめて、前將軍の遺命に遵, 賜つた。翌二十日幕府は始めて家茂の喪を發表し、且つ慶喜の相續を布告した, 同樣厚く御依頼遊ばさるべければ、政務筋是迄の通り取扱ふべしとの御沙汰を, の事を仰出されたるは實に是に起因するのである。次いで九月三日幕府は家, はんことを望ませられたのである。戊辰の變後、朝命を以て龜之助に宗家相續, 茂の遺骸を汽船長鯨丸にて大坂城より海路江戸に護送し, 辭し、其の後更に有司が勅命を請うて將軍襲職を強ひんことを慮り、豫め其の御, せしめられた。, を芝増上寺に葬つた。是より先、家茂に諡號を昭徳院と賜ひ、和宮を靜寛院と稱, 同月二十三日之, 六日江, 戸城著, 第十六編王政復古の氣運, 五四四

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  • 六日江
  • 戸城著

  • 第十六編王政復古の氣運

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  • 五四四

注記 (18)

  • 582,980,54,381二將軍宣下
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  • 1530,568,59,2277のである。而して和宮及び天璋院も亦前述せる板倉勝靜等の伺に對して御同
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