『維新史』 維新史 4 p.547

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て、經之等と共に悉く朝譴を蒙り、具視も亦其の首謀と目せられて、幕府から嚴に, 非藏人、似不尊敬、是全徳川家衰弱、失武威也」(山本實政雜記)と記してゐる。併し是, 保一藏等が此の機會に乘じて幕府を抑へんとした計畫も亦失敗に歸した。, 服の恩を謝し、御禮として物を獻じ、やがて小御所中段に於いて天顏を拜し、天盃, 監視せられ、禁中の形勢は急轉して幕府に有利と爲つた。加之、曩に晃親王及び, 十六日慶喜は京都守護職松平容保以下を從へて參内し、宗家相續並びに別勅除, 實愛等の主張に基き、九月七日朝命を以て尾州・紀州・加州以下二十四藩主等を京, 宣旨を賜り、次いで十月十五日に至り、遂に參内の勅許を賜つた。斯くて翌十月, に依つて大久保一藏等の妨害運動は全く失敗に歸したのである。斯くて十月, を賜つた。其の待遇は將軍に同じであつたが、頗る簡略であつたと見え、當日陪, 膳の事に當つた山本實政は、「陪膳諸事進退麁略、議奏・傳奏面會、禮節尤麁略也。雖, 二十七日に至り、晃親王及び實愛等は經之・重徳等二十二卿列參〓訴の事に坐し, 都に召されたが、上京した者は僅かに加州・備前・松江等五六の藩主に止まり、大久, が、市之進の運動は奏功して、九月二十六日に至り別勅を以て慶喜に除服出仕の, 本編, 第三, 反幕派勢, 力の衰退, 第一章徳川慶喜の將軍襲職第一節徳川慶喜の宗家相續と將軍宣下, 第一節徳川慶喜の宗家柱續と將車、, 五四七

割注

  • 本編
  • 第三

頭注

  • 反幕派勢
  • 力の衰退

  • 第一章徳川慶喜の將軍襲職第一節徳川慶喜の宗家相續と將軍宣下
  • 第一節徳川慶喜の宗家柱續と將車、

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  • 五四七

注記 (21)

  • 818,562,70,2282て、經之等と共に悉く朝譴を蒙り、具視も亦其の首謀と目せられて、幕府から嚴に
  • 1169,557,71,2288非藏人、似不尊敬、是全徳川家衰弱、失武威也」(山本實政雜記)と記してゐる。併し是
  • 337,563,72,2179保一藏等が此の機會に乘じて幕府を抑へんとした計畫も亦失敗に歸した。
  • 1518,553,71,2290服の恩を謝し、御禮として物を獻じ、やがて小御所中段に於いて天顏を拜し、天盃
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