『維新史』 維新史 4 p.747

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書を寄せ、其の意見は迚も方今行はるべきものでない事を説き, の移入に伴つて、公議政體論即ち議院制の採用を唱へる者もあつた。幕府に在, きは、其の規範を神武創業に則るべしとの意見を有つてゐた。又一方には洋學, 直西洋法之論を借つて私説を恣にせんか爲、議事院を開かんとする黨も隨分, 定見を有する者は少く、其の前途には幾多の疑惑不安が抱かれてゐたのである。, 勤王志士の間には建武中興を理想とする議があり、岩倉具視の謀臣玉松操の如, つては開成所教授職西周助・同津田眞一郎・加藤弘藏等、諸藩に在つては熊本藩士, 在候なは、天下之一大變動眼前ニ生し可申は勿論と深く心痛仕候。(丁卯日記), であつた。併し斯かる泰西の制度の採用に就いては、當時猶多大の危懼が懷か, 横井平四郎信濃上田藩士赤松小三郎・土州藩士後藤象二郎・同坂本龍馬等が有名, 可有之哉候へは、若し其向により朝廷へ議事院建白出候あも、輕卒。御採用被爲, れてゐた。例へば松平慶永は象二郎等の公議政體論に就いて、老中板倉勝靜に, 象二郎は御承知之通西洋法を信し、議事院申立、是は忠直可感候得共、象二郎忠, 然れども、大政奉還後の政治體制等に就いては、世の識者の間にも猶確乎たる, 新政治體, る世論, 制に關す, 第二章徳川慶喜の大政奉還第三節徳川慶喜の決意と諸侯及び有司の態〓, 七四七

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  • 新政治體
  • る世論
  • 制に關す

  • 第二章徳川慶喜の大政奉還第三節徳川慶喜の決意と諸侯及び有司の態〓

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  • 七四七

注記 (19)

  • 813,572,59,1807書を寄せ、其の意見は迚も方今行はるべきものでない事を説き
  • 1392,573,63,2275の移入に伴つて、公議政體論即ち議院制の採用を唱へる者もあつた。幕府に在
  • 1510,570,61,2280きは、其の規範を神武創業に則るべしとの意見を有つてゐた。又一方には洋學
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  • 1743,572,60,2287定見を有する者は少く、其の前途には幾多の疑惑不安が抱かれてゐたのである。
  • 1625,568,62,2281勤王志士の間には建武中興を理想とする議があり、岩倉具視の謀臣玉松操の如
  • 1277,574,62,2277つては開成所教授職西周助・同津田眞一郎・加藤弘藏等、諸藩に在つては熊本藩士
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