『維新史』 維新史 5 p.236

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以て、田安龜之助へ被仰出候事。, 日、龜之助は諱を家達と定めたのである。, を以て徳川家を相續せしめる旨のみを達せんとしたのである。, た。實美は大總督府參謀及び軍監列座の上、朝旨を傳宣して曰く、, 慶喜伏罪之上ハ、徳川家名相續之儀、祖宗以來之功勞を被思食、格別之叡慮を, 僅かに六歳であつたが故に、大總督府は父田安慶頼の請を許して、五月二日前, 之助は幼年にして且つ偶〻病中の故を以て之を辭し、一橋茂榮が代つて登城し, 地を覺えたが、尚城地及び祿高の御沙汰を拜せざる中は、心中の不安を禁じ得, 田安龜之助の徳川家相續を見て、舊幕臣は漸く積日の雲霧を拂へる如き心, 津山藩主松平齊民を龜之助の後見として之を輔けしめた。尋いで五月十八, なかつた。されば舊幕臣は揣摩臆測を逞うし、其の不安動搖は日を逐うて甚, 斯くて閏四月二十九日、三條實美は田安龜之助に登城を命じた。然るに龜, と。茂榮は洪恩を謝して、直ちに御請を言上して退出した。龜之助は時に年, 但城地・祿高之儀ハ、追而可被仰出候事。, 舊幕臣の, 田安龜之, 動搖, 家相續, 助の徳川, 第二章江戸開城第四節關東各地の騷擾と徳川家處分, 二三七

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  • 舊幕臣の
  • 田安龜之
  • 動搖
  • 家相續
  • 助の徳川

  • 第二章江戸開城第四節關東各地の騷擾と徳川家處分

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  • 二三七

注記 (21)

  • 1268,602,61,919以て、田安龜之助へ被仰出候事。
  • 694,534,60,1210日、龜之助は諱を家達と定めたのである。
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  • 920,528,70,2328僅かに六歳であつたが故に、大總督府は父田安慶頼の請を許して、五月二日前
  • 1610,525,71,2320之助は幼年にして且つ偶〻病中の故を以て之を辭し、一橋茂榮が代つて登城し
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