『維新史』 維新史 5 p.277

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至つたのである。, は該藩の態度を疑ひ、兵を, 通曉してゐた。加之夙に賢良の聞え高かつた家老河井繼之助, 解より嚴正中立の態度を持して、奧羽諸藩の救解に當らんとしてゐたのであ, 縣狂介, る。時に東山道先鋒總督府軍監岩村精一郎, て妄りに兵威を弄するものとして大いに憤り、遂に一藩を擧げて反抗するに, の當主牧野忠訓を輔佐し、恭順・主戰兩派を抑へて遂に藩論を統一し、獨自の見, 是より先奧羽・北越方面の形勢次第に逼迫せりとの報京都に達するや、四月, 督して將に長岡藩領に進撃せんとしたので、五月二日繼之助は單身小千谷驛, 歎願したが、其の容るる所とならなかつた。是に於いて繼之助は精一郎を以, 十四日政府は先づ薩州・長州二藩に出兵を命じ、次いで加州・藝州・長府・富山等の, 祐を北陸道鎭撫總督兼會津征討總督と爲し、薩州藩士黒田了介, の官軍本營に至り、精一郎と會して藩情を説き、藩の態度に關して辯疏, 諸藩にも出兵を命じた。又同月十九日には北陸道先鋒總督兼鎭撫使高倉永, ・長州藩士山, を參謀と爲し、北越に赴かしめた。是に於いて黒田・山縣兩參謀は薩, は、克く若年, 土州藩士, 高俊, 北魚沼郡, 越後國, 秋, 義, 隆, 清, 有, 官軍の進, 發, 第十九編戊辰の役, 二七八

割注

  • 土州藩士
  • 高俊
  • 北魚沼郡
  • 越後國

頭注

  • 官軍の進

  • 第十九編戊辰の役

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  • 二七八

注記 (31)

  • 811,549,59,491至つたのである。
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