『維新史』 維新史 5 p.348

Loading…

要素

割注ノンブル

OCR テキスト

權判事福羽文三郎, 參與木戸準一郎, 日に東本願寺掛所に幸し給うて、供奉の平戸藩主松浦詮, 講ぜしめ、又參與田中國之輔, を召して「古事記」を講釋せしめられた。此の日は猶, 御學問の御修養を怠らせ給はず、又一介の布衣を召して海外の事情をも問は, 未曾聞なり。感〓滿襟」と言へるは、決して故なきことではなかつたのである。, せ給ひ、治國の基を定めるに努めさせられた事は、眞に恐懼の至りといふべく、, 勢・萬國の大勢を御聽聞になつた。即ち兵馬佐〓の際にも拘らず、聊かたり共, セ給フ厚キ思食ノ程、誠ニ有難キコトナラズヤ」と記してゐる一事に依つても、, 準一郎が其の日記に感激を記して「布衣にて天顏を咫尺に奉拜せし事、數百年, を御前に召して、親しく天下の形, 略」を進講せしめられた。「行在所日誌」に「文武之道ヲ偏廢ナク、盆々盛ンニ興サ, 窺ふに足るであらう。尋いで十七日再び東本願寺掛所に幸して、神祇事務局, 文武の練磨修養を怠らせ給はなかつた。例へば、大坂親征行幸中は、四月十一, 五月十三日輔相岩倉具視は江戸東下中の同三條實美に書を寄せて、, を召して「大學」を, をして「孫子」を、郡山藩士新田三郎, ・同後藤〓二郎, をして「三, 輔、尾, 州藩士, 土州藩士, 長州藩士, 肥前, 元燒, 美靜、津, 和野藩士, 孝允, 義, 雄, 守, 允, 第二十編新政の基礎, 三五〇

割注

  • 輔、尾
  • 州藩士
  • 土州藩士
  • 長州藩士
  • 肥前
  • 元燒
  • 美靜、津
  • 和野藩士
  • 孝允

  • 第二十編新政の基礎

ノンブル

  • 三五〇

注記 (35)

  • 1049,541,59,546權判事福羽文三郎
  • 933,539,60,479參與木戸準一郎
  • 1616,547,63,1671日に東本願寺掛所に幸し給うて、供奉の平戸藩主松浦詮
  • 1503,544,60,828講ぜしめ、又參與田中國之輔
  • 1036,1320,66,1539を召して「古事記」を講釋せしめられた。此の日は猶
  • 695,534,68,2322御學問の御修養を怠らせ給はず、又一介の布衣を召して海外の事情をも問は
  • 350,538,68,2332未曾聞なり。感〓滿襟」と言へるは、決して故なきことではなかつたのである。
  • 582,537,67,2336せ給ひ、治國の基を定めるに努めさせられた事は、眞に恐懼の至りといふべく、
  • 805,534,71,2323勢・萬國の大勢を御聽聞になつた。即ち兵馬佐〓の際にも拘らず、聊かたり共
  • 1267,546,73,2325セ給フ厚キ思食ノ程、誠ニ有難キコトナラズヤ」と記してゐる一事に依つても、
  • 459,535,72,2320準一郎が其の日記に感激を記して「布衣にて天顏を咫尺に奉拜せし事、數百年
  • 922,1891,60,966を御前に召して、親しく天下の形
  • 1382,539,67,2315略」を進講せしめられた。「行在所日誌」に「文武之道ヲ偏廢ナク、盆々盛ンニ興サ
  • 1151,534,72,2322窺ふに足るであらう。尋いで十七日再び東本願寺掛所に幸して、神祇事務局
  • 1733,543,64,2298文武の練磨修養を怠らせ給はなかつた。例へば、大坂親征行幸中は、四月十一
  • 227,546,72,2044五月十三日輔相岩倉具視は江戸東下中の同三條實美に書を寄せて、
  • 1619,2386,58,471を召して「大學」を
  • 1501,1539,58,965をして「孫子」を、郡山藩士新田三郎
  • 927,1239,58,419・同後藤〓二郎
  • 1507,2597,54,258をして「三
  • 1532,1389,41,124輔、尾
  • 1489,1388,40,125州藩士
  • 914,1690,40,161土州藩士
  • 917,1049,42,167長州藩士
  • 1646,2257,40,77肥前
  • 957,1690,41,165元燒
  • 1076,1120,43,170美靜、津
  • 1033,1122,40,167和野藩士
  • 962,1051,41,166孝允
  • 1527,2524,44,37
  • 1488,2524,37,37
  • 1606,2257,35,34
  • 957,1182,42,39
  • 1850,683,47,517第二十編新政の基礎
  • 1848,2371,45,123三五〇

類似アイテム