『維新史』 維新史 5 p.468

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あらせられたのである。, 文化の中心として、歳毎に殷賑を加へることとなつたのである。, 日には神祇官の京都出張所を、四年正月十七日には兵部省の京都出張所を夫, 部省の京都留守を、三年二月八日には大藏省の京都出張所を、同年二月二十四, せられては、十月五日京都を發輿遊ばされ、同月二十四日御恙なく東京に著御, 於ける政府の施設は次第に整備せられるに反して、京都に於ける留守官の諸, 々廢止し、四年八月二十三日には留守官を全く廢止するに至つた。斯くて中, して長官・次官のみを存せしめ、翌三年五月七日留守官を御所内に移し、十二月, 二十二日更に之を宮内省に併合せしめた。其の他二年七月二十七日には刑, 併し政府は世論の紛糾を憂慮して、容易に東京奠都の旨を公表せず、三年三, 曩に車駕再度の東幸あり、今又皇后の東京に著御あらせらるるあり、東京に, 役は漸次改廢せられるに至つた。二年九月十日には留守官の辨官・史官を廢, 月十四日には東北の綏撫未だ成らず、諸國凶歉・國費窮乏の故を以て、車駕の西, 央行政機關として京都に殘存するものは皆無となり、東京は我が國政治・經濟, 京都官衙, の廢止, 東京行啓, 東京奠都, 第二十編新政の基礎, 四七〇

頭注

  • 京都官衙
  • の廢止
  • 東京行啓
  • 東京奠都

  • 第二十編新政の基礎

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  • 四七〇

注記 (20)

  • 1608,556,49,705あらせられたのである。
  • 447,556,58,1908文化の中心として、歳毎に殷賑を加へることとなつたのである。
  • 791,554,60,2324日には神祇官の京都出張所を、四年正月十七日には兵部省の京都出張所を夫
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  • 675,559,59,2318々廢止し、四年八月二十三日には留守官を全く廢止するに至つた。斯くて中
  • 1135,555,59,2324して長官・次官のみを存せしめ、翌三年五月七日留守官を御所内に移し、十二月
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