『維新史』 維新史 5 p.755

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桂久武, 一方利通は歸國の途次、先づ山口に立寄つて先著の孝允と協議を重ね、三年, 言之御沙汰等有之、不得止引退キ候。嗚呼今日之事。何之因縁ナルヤ不存寄, 逃詞而已ニ而、詮立候義無之、先夫形召置候方却而可然、最此上一體之處、迚も, 正月十九日鹿兒島に歸り、久光及び忠義に對し具さに朝命を傳へ、且つ大參事, として容易に召命に應じなかつた。利通は其の日記, と。久光が政府に對する滿腔の不平を吐露せるの状彷彿たると共に、剛毅の, 事也。熟考いたし候ニ、イカ程御迫リ申上、忠言を盡し候而も、只々云々之御, ニ相成、十分御眞意拜承いたし候。畢竟門閥一條等、且知藩事之事迚も、是ニ, 〓愚存之次第ハ不憚忌諱曲直を明ニし、名分を正して及言上候。乍去不可, 等に對しても久光上京のことを依頼した。然るに久光は病を理由, 利通も策の施す術がなかつたことが知られる。一方隆盛も複雜な藩情に煩, に記して曰く、, 而治リ相付候御見留無之、御政度之處ニ第一御不平云々、實ニ不堪愕然。小, 且又世上流布之御作一條相伺候處、段々御激論, 激ニ出候事ハ決而無之と見込候間、退キ候也。(大久保利通日記), 二丸え出殿、兩公へ拜〓。, 二月二十, 四日の條, 郎, 四, 略, 中, 島津久光, の不滿, 第二十二編封建制度の撤廢, 七五八

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  • 二月二十
  • 四日の條

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  • 島津久光
  • の不滿

  • 第二十二編封建制度の撤廢

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  • 七五八

注記 (27)

  • 1482,545,57,192桂久武
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