『保古飛呂比』 保古飛呂比 2 元治1年~慶応3年 p.305

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り、, 吉田元吉蟄居せるより、一時同派勢を失ひて、要路に小南五郎右衞門・平井善之丞・渡邊彌久馬・, 吉の蟄居を解き、翌五午年正月、參政に登用せらる、依て吉田派追々時を得たり、, 楠目楠吉等あり、其間俗輩も出入せり、尤も平井善之丞等は海防等に意を注き、練兵をなし、大, 跡で女の著るよふに, 砲を試みたりしに、事故あり平井等職を免せらる、, 同二月、太守樣、御隱居御愼にて、鮫洲邸に御閑居、小南等罰を得て、幡多郡に蟄居す、爰に至, 安政四巳年十二月、側用人小南五郎右衞門、太守樣豐信公の命を以て、江戸より急に歸國、吉田元, 吉田元吉頭もこくが, 右吉田は、奢侈にて、衣食住を飾り、儉約等の事は顧みず、在江戸の時、若士共左の如く謠ひた, り、吉田派要路を占めたり、其譯は、吉田は學力あり、經國の才智に富み、活〓にして儉約等は, 高田屋, 咄に吉田の服は, をたのみ〳〵, 數寄屋越後で伊達もこく, ゑらゐぞ〳〵, なり、, 裁縫屋, 卷十五慶應二年, 三〇八

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  • なり、
  • 裁縫屋

  • 卷十五慶應二年

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  • 三〇八

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