『保古飛呂比』 保古飛呂比 2 元治1年~慶応3年 p.538

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坐下, 周旋、專ら薩長藩士に逢ひ、又後藤殿にも論し、とかく土佐は建言を以てし、薩長は兵力ヲ以てす, 上田楠次樣石川誠之助と御座候、御一笑に寫して差上候、, ると云間の事に付、種々事情込み入り候得共、薩長とて忽ち眼下に擧兵の運にも至りかね、其中建, 土佐は後藤殿專ら建言論にて、既に建白書を出せし事に運びたるならんと、龍馬も夫より種々盡力, 夫より大坂に著し、上陸して、野本平吉殿は直に京都に出る事にて、私・龍馬・作太郎等は、薩邸, り、石川誠之助を訪問し、昨今の時情を聞き、種々談話の次第も有之、薩長は兵力を以爲すの論、, の前に薩摩屋といふ一小家ありて、此家に行き、高松太郎・白峯駿馬・管野覺兵衞・長谷部卓爾等, 居合せ居り、將來の事を戒め含め置き、大坂を發して京都に登り、龍馬は作太郎ト共に木屋町に宿, 時血氣の慷〓は決て不足恃歟、將た志を立る、小に望を持は早く、世を憂るの志深切ならさる歟、, し、戸田は知人の宅へ參り、私は藩邸内に止り申候、翌日、龍馬・作太郎・私參人共に白川邸へ參, 豈夫然らんや、〓屈龍伸丈夫の志、深謀遠慮人の知らるゝ處ならん、頓首、, 短〓巨口先生, 君は京へ來て居て御歸つたげながどうか、近來は不通と見るの、一體同志の何のといへとも、一, 七月十日鈍正, 卷十九慶應三年, 五四三

  • 卷十九慶應三年

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  • 五四三

注記 (17)

  • 1289,961,55,101坐下
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