『保古飛呂比』 保古飛呂比 6 明治7年~同8年 p.40

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計候間、精々注意仕事に御座候、如示諭、急變の節は手後れに不相成樣、同志差立る歟、浪華より, 輕擧に出候程も難計、或は佐賀一黨の邊より誘候事も無共難申氣運により、如何成勢に變候程も難, 志を屹度集合可致と申居候、此人至極公平にて、兵隊よりの見込も宜く、元來は連派にて候得共、, 電信にて御通達可仕、御安心被成度、且又此度の變事に付、惣分人氣に關係致候故、彼大石・小〓, 大に弊習臼を〓候處有之、毎々内談仕候、尤兼て御承知の通、高梅には人望無之候へ共、當政府にも, 原等の派連署派も内を堅め候事歟と存申候、既に今日も近藤新等頗る此機會に事を釀候を患ひ、同, 勢故、衆の見込差當り大事を爲候積には無之、漸を以人心を和し、弘く衆望を得て後、應變の策に, 候姿にも有之、根元名望ある人故、人氣を轉候樣相成候程も難計、此所聊か掛念仕候事に御坐候、, 候へ共、教師相揃不申、當時は其組にて互二教導の由、追々上國より雇入と申事に御坐候、右の形, 可有之と申事、小子等の見も此邊に可有歟と存候得共、喰違一條萬一梅高の邊に波及致し候節は、, 不付、中立の輩多く、多分是は封建論に偏り候て、當時紛々の場合を避候非軍多く、此のみ甚迫り申, 一當時氣遣候處、差當無之候得共、高印下縣の上、人心を鼓舞致候時は、元來當縣の人氣政府に飽き, 表面には公平相唱、陰に事を相謀り候見込は難免、此節平尾大尉輩は喋々新印を謗り、時節を見て, 候事、, 動く抔と親敷者へ相語り候由に御坐候事、, 卷三十四明治七年(二月), 四〇

  • 卷三十四明治七年(二月)

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  • 四〇

注記 (17)

  • 1387,601,61,2366計候間、精々注意仕事に御座候、如示諭、急變の節は手後れに不相成樣、同志差立る歟、浪華より
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