『保古飛呂比』 保古飛呂比 7 明治9年~同10年 p.444

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當時、探偵ヨリ左ノ通リ、, らしむれば、亦幸の至りに堪へず、可成頓首再拜、, 當り、世人或は遲疑兩端、西煙を望んで一時嗚呼の聲あり、殊に高知縣下の如き、陽に護郷の鎭撫, を飾り、陰二僞民權を主張して人心を鼓動し、中には藤・村松二氏の如き暴士ありと雖も、幸に中, 瓦解の憂あらん、夫れ正君子なる者は、其量天地の如く、其人格骨に及ぶと、故に盆々該社の盛大, をして其志を逞ふせしめざるに至る、亦一の功に非ずや、所謂身彈丸刀鎗に斃れ、原野一朝の露と, 立社を設立し、該縣下の士民をして、廉恥を養ひ、大方を誤らざるの美擧あるを以て、不平の徒輩, に據らしめず、亦他に應援を爲さしめざると、事の大小異なりと雖も、亦同一の論にあらずや、今, にして、側ら法律局を開き、青年有志の徒をして研究せしめ、宜しく資本を以て衆望の歸する所あ, 嶽の患害、誰歟能く之を拒がん、之に因て、該社隆替、社員の向背に在り、社員一度去れば、則ち, 先般何ノ頃歟、時日ハ詳ナラズト雖モ、日向地ヨリ一隻ノ漁船、三名ノ乘組ニテ、幡郡沖島へ三浦, 忽ち變じて、無上の歡聲となると雖も、嗚呼其の安きを見て、而て其危きを見ずんば、後日我國山, や西南の殺氣全く消滅するの捷報を得、雀躍手の舞足の蹈む所を知らず、日夜痛思慷〓せし心衷、, 消ゆるの實行之れなしと云ふ共、今時海軍一兵を接へず、海岸樞要の地を占め、猥りに賊をして他, 當年春二月、西郷隆盛等反旗を飜へし、熊城に迫るや、殺氣天漲捲地、恰も雷の勢あり、此の時に, 卷四十明治十年(十二月), 四四五, 頭一

  • 卷四十明治十年(十二月)

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  • 四四五
  • 頭一

注記 (18)

  • 369,533,57,607當時、探偵ヨリ左ノ通リ、
  • 482,593,57,1176らしむれば、亦幸の至りに堪へず、可成頓首再拜、
  • 1696,578,65,2374當り、世人或は遲疑兩端、西煙を望んで一時嗚呼の聲あり、殊に高知縣下の如き、陽に護郷の鎭撫
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