『保古飛呂比』 保古飛呂比 8 明治11年~同12年 p.67

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右ハ、高知縣ニ關係アル故ニ寫シテ廻シ來リシナリ、, 一福岡の正倫社、近來大に劍の術を學び、或は銃鎗等頗る盛なりと言ふ、, 何れ確實の儀は、能く探偵を遂げ候上可申上候、恐々頓首、, 一土方氏書簡、左ノ如シ、, 大に刺殺を行はゞ、則政府の倒るゝ事朝夕にあらんと、右の策を施すに、死士百人あらば、十, 如何、六助曰く、大臣以下より各府縣の長官に至る〓、凡そ長官一人二付四人刺客を放ちて、, 分に其功を立つべし云々、横枕覺助側にありて之を制町して曰く、箱田氏何ぞ衆中にて疏暴の, 向を示して作振せん云々、傍より人難して曰く、一郡に一ケ所の演舌會を開きても、人民に於, て更に信用する者なくば如何と、箱田六助答て曰、然らば則外に爲す所あるべし、其爲す所, 右は、兩三日前、福岡より歸坂致候諜者の報を得候間、聞取の儘を記載して、御報知申上候、, 言を放つ哉と云々、一坐の言論遂に止む、, 一急進の説に曰く、自今一郡毎に演舌會を開くこと一ケ處にして、大に人民をして民權獨立の方, 拜啓、久振好天氣に相成候處、愈御安康奉賀候、隨て迂生儀、去る廿六日より大に腹部の係攣を起, 權中警視綿貫吉直殿, 明治十一年五月廿八日夜權大警部佐藤志郎, 明治十一年五月廿八日夜, 權大警部佐藤志郎, 卷四十一明治十一年(五月), 六七

  • 卷四十一明治十一年(五月)

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  • 六七

注記 (19)

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