『保古飛呂比』 保古飛呂比 8 明治11年~同12年 p.121

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なり、諸鑛山は開基の事に日夜苦しみ居候故、欝を晴すが爲に、畫は描ずと雖も、詠歌は出來申, 候、今好により折々一二首は出來申し、過日長歌二首出來たり、鹿持の御蔭、即今長篇歌は珍らし, に著目して、營業を起さんと欲する切なり、君に云ふては可驚と雖も、大入道の事に今春以來少々, 居候へ共、何歟起業發明の事に從事不致ては、坐て斃の譯故、寧ろ國盆を謀り民盆を利するの事業, れど、君も例の山師と見做すべくと思ふ故、是にて閣筆せり、然るに、山は山にて、大入道と爲して、, 御通知申上、御心寄りもあれば御探索被下度、若し此の技術を得る時は、發明仕事にて、巣鴨の茶, く候故、認、斧正を乞ふなり、鹿持の古義も、宮内省にて上木と云には決し候由、此頃の運は如何, 哉、師恩の爲御盡力被成度、先は右御返事旁、〓中御見舞申述候也、, なり、實に開花の世の中なり、從前の山師論も、今日當否如何を不知なり、日本も最早大起業の品, 是非是を研究致し度存候處、當地に其技術を知る人無之、東京にては最早技術開け居候歟と存候間、, 園の比に非ず、切に御研究伏て是祈る、此頃聞く、山川・林勝・宮幸三氏組合にて銅山に著手の由, 譯には參らず、織屋抔は面白し、至て實に六つかしき事に御坐候、是〓は士族として大成る顏致し, 其白目釣石より泥金を可絞、朱を可取、摺附木に用る藥品を可製、是等の技、日本に未だ不開故、, 關係せり、ト州に有名の白目鑛山なり、(洋名アンチモニート云フ、)今日〓種々研究したり、可云事もあ, 七月十二日, 七月十二日糺杖老仙拜, 卷四十二明治十一年(七月), 一二一

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  • 一二一

注記 (18)

  • 691,600,62,2364なり、諸鑛山は開基の事に日夜苦しみ居候故、欝を晴すが爲に、畫は描ずと雖も、詠歌は出來申
  • 580,595,63,2367候、今好により折々一二首は出來申し、過日長歌二首出來たり、鹿持の御蔭、即今長篇歌は珍らし
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  • 1684,614,65,2363居候へ共、何歟起業發明の事に從事不致ては、坐て斃の譯故、寧ろ國盆を謀り民盆を利するの事業
  • 1356,605,61,2362れど、君も例の山師と見做すべくと思ふ故、是にて閣筆せり、然るに、山は山にて、大入道と爲して、
  • 1022,602,63,2363御通知申上、御心寄りもあれば御探索被下度、若し此の技術を得る時は、發明仕事にて、巣鴨の茶
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