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た。同地でその出發許可を待つためである。, 混亂状態の續く間は〓をしたまま置き、そしてどんなに高い需要が生じても何ぴとにも米を渡, ちも同地へ逃げて來ている。そのため嚴しい監視が保たれている、とのことである。, のヤハト船はボンゴイたちの臨檢を受け乘組員の數が數えられてのちその出發許可を得たが、, 市民〓に對して行われたと同じことを傳えさせた。すなわち、もしもっと米が幾分でも必要に, なったら、領外のものを自由に買入れて宜しい。何故なら、彼等の米藏はアリマとアマクサの, 惹き起した。數人の貴人たちはそのころ甲冑を著けて馬に乘り、大いに頑張ろうと考えてやっ, しかし逆風のため、滯留せざるを得なかった。午後、執政官たち, て來た。すると路面には策略上淺い塹壕が堀ってあり、馬が躓くと、彼等馬上の人々は足先まで, 同月九日北の風で、良い天氣。ヤハト船アウデワーテル號はコチーの灣に向かって帆走し, 同月十日及び十一日風向は南西、ついで南西微西となり、雨天であった。正午近く、前記, きつく甲冑に固められていたため〔這上れず〕、皆うまい工合に抹殺された。また長崎にも若干, ○ある。總べてこれらの分隊は同地の近邊にある各地にひとつの大きな恐怖を, の負傷者たちが現われ、また長崎から一時間行程のところにあるモーンギ, の戰陣で叫ぶのと同じもので、それによって戰の偶像を指す言葉, の住民た, がプレシデント閣下に、, というふうな軍陣用, ○松浦家, 奉行人, 」。スペインでは「〓撃」「南無八幡」, 語となっている, ○st. jagoは使徒聖ジェームズのこ, の渡船場, 茂木。嶋原, (moongij), 人廩米を封, 〓し領外の, 松浦氏奉行, 米の買入を, 同船點檢, 浦に移る, 集す, 許す, 叛徒路面に, 木の難民來, テル號河内, アウデワー, 陷穽を穿つ, の負傷者茂, 長崎に有馬, 六三八年一月, 一二七
割注
- というふうな軍陣用
- ○松浦家
- 奉行人
- 」。スペインでは「〓撃」「南無八幡」
- 語となっている
- ○st. jagoは使徒聖ジェームズのこ
- の渡船場
- 茂木。嶋原
- (moongij)
頭注
- 人廩米を封
- 〓し領外の
- 松浦氏奉行
- 米の買入を
- 同船點檢
- 浦に移る
- 集す
- 許す
- 叛徒路面に
- 木の難民來
- テル號河内
- アウデワー
- 陷穽を穿つ
- の負傷者茂
- 長崎に有馬
柱
- 六三八年一月
ノンブル
- 一二七
注記 (43)
- 909,607,59,1042た。同地でその出發許可を待つためである。
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- 1122,597,64,2044ちも同地へ逃げて來ている。そのため嚴しい監視が保たれている、とのことである。
- 700,606,65,2237のヤハト船はボンゴイたちの臨檢を受け乘組員の數が數えられてのちその出發許可を得たが、
- 488,604,68,2273市民〓に對して行われたと同じことを傳えさせた。すなわち、もしもっと米が幾分でも必要に
- 386,608,64,2268なったら、領外のものを自由に買入れて宜しい。何故なら、彼等の米藏はアリマとアマクサの
- 1536,602,64,2271惹き起した。數人の貴人たちはそのころ甲冑を著けて馬に乘り、大いに頑張ろうと考えてやっ
- 594,611,72,1507しかし逆風のため、滯留せざるを得なかった。午後、執政官たち
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- 1016,656,66,2223同月九日北の風で、良い天氣。ヤハト船アウデワーテル號はコチーの灣に向かって帆走し
- 804,657,66,2226同月十日及び十一日風向は南西、ついで南西微西となり、雨天であった。正午近く、前記
- 1328,603,65,2287きつく甲冑に固められていたため〔這上れず〕、皆うまい工合に抹殺された。また長崎にも若干
- 1644,1015,62,1869○ある。總べてこれらの分隊は同地の近邊にある各地にひとつの大きな恐怖を
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