『日本関係海外史料』 オランダ商館長日記 9 訳3下1638年08月-1639年01月 p.21

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界に入らなかった。そのためさらに一日中投錨したままで過した。, さほど遠く距ってはいないと思ったからである。, 進路は北西微西に保っていた。深さ一五尋の、荒い貝殻混りの砂のある海底に投錨した。夜通, 度二分であった。深さは二八、三〇、三三、三二及び一六尋で、すべて固い海底であった。風, が東北東に變り、曇天となった。正午から夕刻、日沒の五時間後、初夜直のときまで帆走し、, し、ヤハト船ワーテルローゼウェルフェ號とともにこの地にいたが、それは我々が、陸地から, はさらに船を進めて、夕刻近くには兩ヤハト船とも無事に前記の嶋々の碇泊地に到著した。, してのち、我々の西南西、距離三マイルのところにある漁師の嶋々のひとつを見た。それ故、, 同月二十三日朝は、北東の風、暗い荒模樣の天氣であって帆走の頼りになるものは何も視, 同月二十二日南東の風、進路を北西微西にとる。緯度は測定しなかったが、推測では一九, た。, 推測によれば、これらの嶋々の西南西六マイルと思われるところで投錨した。我々は(神の恩, 同月二十四日早朝、北北東の風を得て出帆し、西北西に針路をとった。そして二時間帆走, いるさい、その誤謬は船長ヤン・イスブランツセンと舵手たちによって、大圖の上で訂正され, の北約四マイルのところに到達したのである。我々, 寵により)無事にローフェルス諸嶋, 一六三八年八月〔一六三八年一月〕, ○海賊, 嶋。, ス嶋に著く, 漁師の嶋々, ローフェル, 謬を正す, 一六三八年八月〔一六三八年一月〕, 二〇

割注

  • ○海賊
  • 嶋。

頭注

  • ス嶋に著く
  • 漁師の嶋々
  • ローフェル
  • 謬を正す

  • 一六三八年八月〔一六三八年一月〕

ノンブル

  • 二〇

注記 (25)

  • 845,644,63,1598界に入らなかった。そのためさらに一日中投錨したままで過した。
  • 1061,646,57,1156さほど遠く距ってはいないと思ったからである。
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  • 1472,643,68,2284度二分であった。深さは二八、三〇、三三、三二及び一六尋で、すべて固い海底であった。風
  • 1366,646,69,2249が東北東に變り、曇天となった。正午から夕刻、日沒の五時間後、初夜直のときまで帆走し、
  • 1156,645,68,2275し、ヤハト船ワーテルローゼウェルフェ號とともにこの地にいたが、それは我々が、陸地から
  • 316,643,68,2192はさらに船を進めて、夕刻近くには兩ヤハト船とも無事に前記の嶋々の碇泊地に到著した。
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