『日本関係海外史料』 オランダ商館長日記 18 訳7 1642年10月-1643年09月 p.89

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號と共に(タイオワンの評議會の人たちの見送りを受け、)帆走した。凡そ七時から八時の間, 同月二十一日前記のルメール閣下は、まだかなり憔悴していたが、しかし、船員たちの間, では、病氣もかなり治まって來たので、今朝天明前に、陸からの風を得てフライト船カペルレ, (その地點で潮が差し始め、陸からの風も弱くなって來たので、)投錨した。午後になって、, に兩船とも難無く水道の外に出たところで、船は其の地點、水深八ファーデム、砂〓の水底に, 第に、二〇、一八、一七、一五ファーデム以下となり、水底は細かい砂〓となったが、フォル, で、北西寄りに針路を採った。正午に、本船の南南西の方向、約六マイルの地點に澎湖諸嶋の, 南西の風となり、我々は錨を揚げ、北側の暗礁の上手を間切って航行すべく全力を盡した。夕, 北西寄りとなったので、北北東に向けて航行した。, は本船の南東微東の方向に見えた。針路を北西に、稍々暫くして北方に採った。夜間には風は, 同月二十二日水深四〇ファーデム、水底は礫〓で、北の風、但し風力が弱まっているの, 刻、水深一三ファーデムの地點で、〔ゼーランディア〕城は東北東の方向に、またタンコイア, 擴がっていた。, モサ嶋と澎湖諸嶋との間の水路に在る淺瀬で、海圖に記されている以上に、廣範圍にかつ長く, 〓北の嶋興が見えた。夕刻、南寄りの風を得て、針路を北寄りに定めた。この地點で、水深は次, と共にタイ, オワンを出, 邊を航行, 澎湖諸嶋北, リロ號僚船, 帆, 一六四三年七月リロ號にて, 九〇

頭注

  • と共にタイ
  • オワンを出
  • 邊を航行
  • 澎湖諸嶋北
  • リロ號僚船

  • 一六四三年七月リロ號にて

ノンブル

  • 九〇

注記 (23)

  • 1544,645,70,2288號と共に(タイオワンの評議會の人たちの見送りを受け、)帆走した。凡そ七時から八時の間
  • 1754,696,68,2239同月二十一日前記のルメール閣下は、まだかなり憔悴していたが、しかし、船員たちの間
  • 1650,647,68,2282では、病氣もかなり治まって來たので、今朝天明前に、陸からの風を得てフライト船カペルレ
  • 1338,673,67,2227(その地點で潮が差し始め、陸からの風も弱くなって來たので、)投錨した。午後になって、
  • 1442,653,66,2274に兩船とも難無く水道の外に出たところで、船は其の地點、水深八ファーデム、砂〓の水底に
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