『日本関係海外史料』 オランダ商館長日記 9 訳3下1638年08月-1639年01月 p.33

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入江を見た。, 敬意をこめて御手渡ししたいと願っている書翰を携えて陛下の面前に出頭できるようにして欲, 物や贈物を宮殿に運ばせ、我々もまた〔國王の〕力に免じてこれを默認せねばならなかったが、, 同月十三日風は前日に同じだったが、どんより曇った霧深い天氣であった。朝九時ごろに, 微北にケルクホーフを、そしてまた、我々の北北西に、我々がそこへ入って行かねばならない, は、〔一行が〕急いで陛下の面前に出頭するよう、そして彼等とともに宮廷へ行って欲しい、, と希望した。その申出をハルツィンクは謝絶して、〔一行は〕著替えをさせて欲しいし、また, る通詞グアン殿の家へ向かった。暫く待ってのち、女通詞ウールスラ(, もし、さもないと彼等〓。1の寢具や、衣裳包みまで臨檢される目に逢っていたであろう。彼等, しいのだ、と要求したが、このことを彼等はついに許した。そこで、著替えをするため、手荷, とグアン殿とに伴われて〔ハルツィンクが出頭し〕、傘を差し掛けてもらって助, 物を携えてカンポ, 終えたのちに、〔ハルツィンクは〕頃合を見て、かねてポッシンで地方官により抑留された武器, ハルツィンク氏は四隻のガレイ船で首都力チユ〓〓の前面に到著した。宦官たちは直ちに貨, に在, が携行した書翰は、陛下に贈られた。〔陛下が〕その手紙を讀み, もし、さもないと彼等〔, 手テン・ブルック, ら移ってカチューに住む混血日, ○長崎に生まれ追放先マカオか, 「六一九年(元和五年)の航海記にパリアンparianすなわち市場町と記す場所に當る, 正しくはursula, ○ウンポンcamponとも書き、庸舍と稱する所定の一區劃で、ウィリアム・アダムズの, スmatheijs., 本婦人。名は靈名, ○名はマテイ, (assistent ten broeck), 手テン・ブルック, (hooftstadt catsjot), の宿舍に赴, ルスラ通〓, 次で日本人, グアンと共, 著す, に宮廷に赴, 女通詞ウー, ためカンポ, ク河内に到, ク等著替の, を宮廷に運, 宦官等贈物, ハルツィン, き文清王に, ハルツィン, 書翰を呈す, ぶ, 一六三八年八月〔一六三八年二月〕, 三二

割注

  • ら移ってカチューに住む混血日
  • ○長崎に生まれ追放先マカオか
  • 「六一九年(元和五年)の航海記にパリアンparianすなわち市場町と記す場所に當る
  • 正しくはursula
  • ○ウンポンcamponとも書き、庸舍と稱する所定の一區劃で、ウィリアム・アダムズの
  • スmatheijs.
  • 本婦人。名は靈名
  • ○名はマテイ
  • (assistent ten broeck)
  • 手テン・ブルック
  • (hooftstadt catsjot)

頭注

  • の宿舍に赴
  • ルスラ通〓
  • 次で日本人
  • グアンと共
  • 著す
  • に宮廷に赴
  • 女通詞ウー
  • ためカンポ
  • ク河内に到
  • ク等著替の
  • を宮廷に運
  • 宦官等贈物
  • ハルツィン
  • き文清王に
  • 書翰を呈す

  • 一六三八年八月〔一六三八年二月〕

ノンブル

  • 三二

注記 (48)

  • 1685,656,48,283入江を見た。
  • 939,646,64,2295敬意をこめて御手渡ししたいと願っている書翰を携えて陛下の面前に出頭できるようにして欲
  • 1357,655,66,2273物や贈物を宮殿に運ばせ、我々もまた〔國王の〕力に免じてこれを默認せねばならなかったが、
  • 1567,706,63,2223同月十三日風は前日に同じだったが、どんより曇った霧深い天氣であった。朝九時ごろに
  • 1777,659,63,2269微北にケルクホーフを、そしてまた、我々の北北西に、我々がそこへ入って行かねばならない
  • 1148,653,64,2254は、〔一行が〕急いで陛下の面前に出頭するよう、そして彼等とともに宮廷へ行って欲しい、
  • 1043,651,64,2286と希望した。その申出をハルツィンクは謝絶して、〔一行は〕著替えをさせて欲しいし、また
  • 628,651,61,1692る通詞グアン殿の家へ向かった。暫く待ってのち、女通詞ウールスラ(
  • 1248,654,78,2290もし、さもないと彼等〓。1の寢具や、衣裳包みまで臨檢される目に逢っていたであろう。彼等
  • 833,655,63,2286しいのだ、と要求したが、このことを彼等はついに許した。そこで、著替えをするため、手荷
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