『日本関係海外史料』 オランダ商館長日記 23 訳9 1644年10月-1646年09月 p.19

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そうして〔彼等と〕別れた。使節が彼の言葉の最初を述べた時、前述の四人の殿たちは、我々, ならない、誰かが日本を目指しているということを聞いた時には、そのことを注進せねばなら, れる、と言った。我々は返答として、もし何人かのローマ教徒が我々の手によって日本に連れ, 扱われるか〔貴下等は〕よく知っているが、それを徹底的に覚えておき、心に留めておかねば, 我々は享受しているか、そのことを我々は常に考えている、と言つた。, て来られ、それだけの理由で処罰されても、それに異を唱えることはしない、しかし、今年薩, 最後に殿下方は、日本ではキリスト教徒が、それはローマ教徒のことだが、どんなに厳しく, どんなにか益々、そして常に、さらに時が経てば経つ程より大きなより多くの栄誉と友情を, ない、またもし自身がローマ教徒を日本に連れて来てしまった場合には、それによって処罰さ, ピテンに引き渡された。今年再び一人のオランダ人が薩摩の島々で捕らえられたが、長崎で前, かし彼等が日本の国の友人であるオランダ人だとわかったので、彼等は赦免されオランダ・カ, 摩で起こったような不当な扱いは勘弁してもらえるように、と言った。さらに殿下たちは、来, 〓者年、榴弾を作ることができ、臼砲を扱える人物が来るだろうか、と聞いた。〔それに対して〕, カピテン・エルセラックがそれについて書き送っており、きっと来ると信じている、と答え、, 〓述の理由で解放された、と述べた。我々は殿下たちに、可能なすべての言い方で感謝し、年々, 切支丹への, 厳罰, 一六四五年一月江戸にて, 一九

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  • 一六四五年一月江戸にて

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注記 (19)

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  • 814,561,58,2302て来られ、それだけの理由で処罰されても、それに異を唱えることはしない、しかし、今年薩
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