『日本関係海外史料』 オランダ商館長日記 23 訳9 1644年10月-1646年09月 p.46

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そのことを確認するすべてのことをタイオワンの長官に知らせるために、手紙を託することは, 買い占めによって損をすることにならないようにである。, と尋ねた。それに対し、それは不確かであるが、多分それは起こり得るだろうと思う、と言つ, で起こったことがないので、それについて考えたい、この件を熟慮した上で我々に返事を伝え, 手紙の理由は、本当は、同所に、こちらに於ける商品の市場と価格の変化について知らせるた, させよう、というのが答えだった。これを以て暇を得て再び島へ帰って来た。タイオワンへの, た。通詞はまた、我々と打ち合わせてあったように、我々と江戸への参府に同行しまた一緒に, めである、会社が、当地から積み戻しされるかもしれない商品について知らずに、商品の大量, できたジヤンク船の何れかに、タイオワンに充てて、我々の江戸への旅と無事な下向、そして, できないだろうか、と尋ねさせた。それは不当な要求ではないが、しかし長崎に於いてこれま, 帰ってきたボンゴイが良い同行者であったことに対する我々の感謝を述べた。〔同邸を〕出発, するために席を立つ前に、これも前もって通詞たちと話し合ってそうすることが良いと決めて, へ出発する準備が, あったのだが、我々が、〓州, cheo, sincheo, chincheuw他多様な綴字が現れる。この地名についてはボクサー編『十六世紀の南中国』(soath china i, 細な検討がなされているが、結論としてオランダ人の綴字をもとに両地名を区別する決め手は示, されていない。本書では便宜上この類の地名をすべて〓州と表記し、原綴を付して後考に俟つ, ○〓州changchowあるいは泉州chuanchow。毎年の商館長日記をはじめとするオ, ランダ語文書には、ジヤンク船の出発地としてchancheu, cancheo, sancheo,chin-, the sicteenth century, edited by c. r. boxer; london 1953, hakuluyt society, second series106)のappendixiに於いて詳, cheo, sincheo, chincheuw他多様な綴字が現れる。この地名についてはボクサー編『十六世紀の南中国』(south china in, 充書翰託送, タイオワン, 書翰の真意, めぐる問答, は市況報告, 支那船への, 許可を願う, クの再来を, 一六四五年三月長崎にて, 四六

割注

  • 細な検討がなされているが、結論としてオランダ人の綴字をもとに両地名を区別する決め手は示
  • されていない。本書では便宜上この類の地名をすべて〓州と表記し、原綴を付して後考に俟つ
  • ○〓州changchowあるいは泉州chuanchow。毎年の商館長日記をはじめとするオ
  • ランダ語文書には、ジヤンク船の出発地としてchancheu, cancheo, sancheo,chin-
  • the sicteenth century, edited by c. r. boxer; london 1953, hakuluyt society, second series106)のappendixiに於いて詳
  • cheo, sincheo, chincheuw他多様な綴字が現れる。この地名についてはボクサー編『十六世紀の南中国』(south china in

頭注

  • 充書翰託送
  • タイオワン
  • 書翰の真意
  • めぐる問答
  • は市況報告
  • 支那船への
  • 許可を願う
  • クの再来を

  • 一六四五年三月長崎にて

ノンブル

  • 四六

注記 (31)

  • 927,561,53,2301そのことを確認するすべてのことをタイオワンの長官に知らせるために、手紙を託することは
  • 318,558,53,1392買い占めによって損をすることにならないようにである。
  • 1734,559,56,2293と尋ねた。それに対し、それは不確かであるが、多分それは起こり得るだろうと思う、と言つ
  • 726,563,56,2301で起こったことがないので、それについて考えたい、この件を熟慮した上で我々に返事を伝え
  • 521,558,55,2302手紙の理由は、本当は、同所に、こちらに於ける商品の市場と価格の変化について知らせるた
  • 624,560,54,2299させよう、というのが答えだった。これを以て暇を得て再び島へ帰って来た。タイオワンへの
  • 1634,563,55,2296た。通詞はまた、我々と打ち合わせてあったように、我々と江戸への参府に同行しまた一緒に
  • 420,560,55,2303めである、会社が、当地から積み戻しされるかもしれない商品について知らずに、商品の大量
  • 1029,566,54,2296できたジヤンク船の何れかに、タイオワンに充てて、我々の江戸への旅と無事な下向、そして
  • 829,566,52,2297できないだろうか、と尋ねさせた。それは不当な要求ではないが、しかし長崎に於いてこれま
  • 1534,560,54,2302帰ってきたボンゴイが良い同行者であったことに対する我々の感謝を述べた。〔同邸を〕出発
  • 1434,561,53,2299するために席を立つ前に、これも前もって通詞たちと話し合ってそうすることが良いと決めて
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  • 1255,553,45,2297cheo, sincheo, chincheuw他多様な綴字が現れる。この地名についてはボクサー編『十六世紀の南中国』(soath china i
  • 1155,551,44,1860細な検討がなされているが、結論としてオランダ人の綴字をもとに両地名を区別する決め手は示
  • 1114,556,43,1812されていない。本書では便宜上この類の地名をすべて〓州と表記し、原綴を付して後考に俟つ
  • 1359,1308,44,1554○〓州changchowあるいは泉州chuanchow。毎年の商館長日記をはじめとするオ
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  • 1216,553,40,2308the sicteenth century, edited by c. r. boxer; london 1953, hakuluyt society, second series106)のappendixiに於いて詳
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