『日本関係海外史料』 オランダ商館長日記 25 訳10 1646年09月-1647年09月 p.70

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地よい道を辿り、一つの大きな川を渡って、そこに夕刻前に到着し、宿泊した。, に崇敬を得ているからで、上りに二日、下りに一日の、〔計〕三日滞在する由。今回はすっか, で一杯であった。前述の原の〔集落の〕少し郊外で、通常の街道を離れたが、それは両側のあ, したような形をしており、一年の大半は頂上が雪に覆われている。吉原で昼食を摂った。宿主, り晴れて、周囲の半分には白い雲が浮かんでおり、〔それが山に〕付いているように見えた。, た山、それに沿って続く小さな村々や百姓家、そして多くの耕地、それらの間には淡水の湖、, ちこちに家が建ち、道に沿ってずっと木が植えられた、平坦な、旅するには心地よい草地にあ, 食事を終え、再び出発し、いくつかの砂丘に沿って、原を通り過ぎ、前述の高い山と隣接し, といった景色を大いに楽しんだ。〔湖は〕あらゆる種類の多数の水鳥、コウノトリやサギなど, の話では、〔吉原から〕山頂までは一五マイルで、他の山とは隔たっており、〔日本暦の〕六月, には多くの山岳宗教者、すなわち山伏たちが訪れるが、それは〔富士の山が〕立派な姿で非常, った。これまた美しい大きな集落である沼津まで、さらに箱根の山地の麓にある三島まで、心, 同月二十八日朝六時に我々は再び旅の途に就いた。十時頃、(前日の夕刻に、荷馬を楽に, 〓は我々の旅は富士の山のそばを進んだ。高くなだらかな斜面の山で、砂糖の。山をもっと平たく, 〓するためとオランダ人と主立った日本人が乗るための一〇頭の馬と、携行されている荷物と乗, 富士山, 沼津, 三島, 吉原, 原, 一六四六年十二月陸路にて, 七〇, 原

頭注

  • 富士山
  • 沼津
  • 三島
  • 吉原

  • 一六四六年十二月陸路にて

ノンブル

  • 七〇

注記 (23)

  • 493,599,58,1935地よい道を辿り、一つの大きな川を渡って、そこに夕刻前に到着し、宿泊した。
  • 1316,600,58,2295に崇敬を得ているからで、上りに二日、下りに一日の、〔計〕三日滞在する由。今回はすっか
  • 804,598,60,2299で一杯であった。前述の原の〔集落の〕少し郊外で、通常の街道を離れたが、それは両側のあ
  • 1625,599,59,2304したような形をしており、一年の大半は頂上が雪に覆われている。吉原で昼食を摂った。宿主
  • 1215,602,55,2238り晴れて、周囲の半分には白い雲が浮かんでおり、〔それが山に〕付いているように見えた。
  • 1010,600,57,2258た山、それに沿って続く小さな村々や百姓家、そして多くの耕地、それらの間には淡水の湖、
  • 701,596,58,2300ちこちに家が建ち、道に沿ってずっと木が植えられた、平坦な、旅するには心地よい草地にあ
  • 1111,647,59,2245食事を終え、再び出発し、いくつかの砂丘に沿って、原を通り過ぎ、前述の高い山と隣接し
  • 908,598,56,2296といった景色を大いに楽しんだ。〔湖は〕あらゆる種類の多数の水鳥、コウノトリやサギなど
  • 1521,604,60,2293の話では、〔吉原から〕山頂までは一五マイルで、他の山とは隔たっており、〔日本暦の〕六月
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  • 386,648,58,2242同月二十八日朝六時に我々は再び旅の途に就いた。十時頃、(前日の夕刻に、荷馬を楽に
  • 1725,556,78,2348〓は我々の旅は富士の山のそばを進んだ。高くなだらかな斜面の山で、砂糖の。山をもっと平たく
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