『日本関係海外史料』 オランダ商館長日記 25 訳10 1646年09月-1647年09月 p.145

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我々を曳航するために、彼の小早で留まっていた。, で一箇月も船上にいる。, 再び戻って来た。これは、我々に対する非常に厚い愛顧のしるしである。, 他の小船とともに来た。彼等の領主は宮廷にいるので、今月十日にそうされたように執政官た, ちの名に於いて彼等の労力の提供を申し出るためであった。風は役に立たないが櫓櫂は海で役, 〔彼等は〕我々にすべてを供給し、何かこの地の物も持って来させるように、との命令を得て、, 同月十二日風はいくらか北寄りに〔変わった〕が、まだ出発には適当ではなかった。今日, と辞退された。同様に、少しの間忍耐をもって良い風と天気を待つつもりである、と。しかし、, 航して行くためである。そこからは、今度は、容易に、そしてほぼどんな時にでも長崎へ向け, 同月十一日雨模様の定まらない天気。風は一日中南乃至西寄りで、何もできなかった。, 立てることができるので、できるだけ早く、我々をここから一四マイルの唐津領の呼子まで曳, 同月十三日風はかなり西寄り。夕刻近く一人の博多の貴族が、何艘かの早船や小早、その, 来ていたが、それは感謝の挨拶とともに上席のボンゴイによって、〔曳航とともに〕必要ない, 給しようとさらに表明し、そのように既にいくらかの酒などを〔用意し〕、そのために持って, 〓てさらに出発できる。加えて〔彼等は〕、どんな食糧でも必要であれば何でも我々に喜んで供, 人を派し曳, 航と食糧供, 給による援, 福岡藩より, 助の申出, 供給を辞退, 曳航・食糧, 随行の検使, 一六四七年三月バルク船にて, 四五

頭注

  • 人を派し曳
  • 航と食糧供
  • 給による援
  • 福岡藩より
  • 助の申出
  • 供給を辞退
  • 曳航・食糧
  • 随行の検使

  • 一六四七年三月バルク船にて

ノンブル

  • 四五

注記 (25)

  • 1863,590,56,1223我々を曳航するために、彼の小早で留まっていた。
  • 1552,595,51,560で一箇月も船上にいる。
  • 419,586,54,1773再び戻って来た。これは、我々に対する非常に厚い愛顧のしるしである。
  • 1344,591,55,2296他の小船とともに来た。彼等の領主は宮廷にいるので、今月十日にそうされたように執政官た
  • 1242,590,54,2295ちの名に於いて彼等の労力の提供を申し出るためであった。風は役に立たないが櫓櫂は海で役
  • 522,595,54,2280〔彼等は〕我々にすべてを供給し、何かこの地の物も持って来させるように、との命令を得て、
  • 1657,642,52,2245同月十二日風はいくらか北寄りに〔変わった〕が、まだ出発には適当ではなかった。今日
  • 626,592,56,2313と辞退された。同様に、少しの間忍耐をもって良い風と天気を待つつもりである、と。しかし、
  • 1039,587,53,2299航して行くためである。そこからは、今度は、容易に、そしてほぼどんな時にでも長崎へ向け
  • 1759,643,54,2159同月十一日雨模様の定まらない天気。風は一日中南乃至西寄りで、何もできなかった。
  • 1140,586,55,2306立てることができるので、できるだけ早く、我々をここから一四マイルの唐津領の呼子まで曳
  • 1447,641,56,2239同月十三日風はかなり西寄り。夕刻近く一人の博多の貴族が、何艘かの早船や小早、その
  • 728,586,56,2298来ていたが、それは感謝の挨拶とともに上席のボンゴイによって、〔曳航とともに〕必要ない
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  • 921,533,83,2353〓てさらに出発できる。加えて〔彼等は〕、どんな食糧でも必要であれば何でも我々に喜んで供
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