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確証は今後のことである。, 任務を得て〔江戸を〕離れていた〔ので〕)、私に多くの祝辞を述べるよう命じた。私以外の誰, も〔そのような名誉を受けた者は〕なく、このようなことは今回初めて起こった云々、と。, 北京へ送られ、彼の息子, せ、オランダ・カピテンについて質問し、宮廷で出会った大きな名誉について(当時〔彼は〕, 同月十六日穏やかな天気、曇りがちで変わりやすい風。何も起こらなかった。, 同月十五日晴れて快適な好ましい天気。風は南の方から。さらに三隻の、多色の旗と吹流, 節を乗せてまもなく当地に現れるだろう、と述べた。〔彼等は〕さしあたり船上に留められ、, だタルタリア人に屈従していないさる場所から来た、そこから彼等と同行したもう一隻が、使, 通詞伝兵衛を召し出さ, 〓。は四〇〇の船舶とともに海上にいる〔とのことである〕。異なことが取り沙汰され、詳細や, 新しい知らせは、中国の全土がタルタリア人によって征服され、一官ロウ, 織部殿は、彼はなお七乃至八日滞在するであろうが, しをつけた福州風のジヤンク船が現れた。そして同船〔の人々〕はそれゆえ、福州周辺の、ま, 何は無価〓見張り番によって監視された。彼等の持って来た物は全く値打ちがない。, 五島の領主は再び出発し、高力殿が到着した。, は囚われて, ○b本「彼は」以, 下を括弧に括る, ○鄭森(鄭成功)、すなわち国姓爺。鄭芝龍の息子、平戸生まれ。一六四五年に父とと, もに唐王(隆武帝)を擁立し、一六四六年の福州陥落後も沿岸各地を拠点に抵抗を続けて, 龍。, ○鄭芝, 祝す, 主来着, 詞に商館長, 参府成功を, 府内藩主通, 福州船入港, に関し問い, の情報, タルタリア, へ脱出, 入港福州船, を征圧, 人中国全土, 一官は虜尺, 支那船から, 示唆, 発、島原藩, 福江藩主出, 使節来航を, となり、鄭, 成功は海上, 六四七年五月長崎にて, 七一, (ijquan lauw)
割注
- ○b本「彼は」以
- 下を括弧に括る
- ○鄭森(鄭成功)、すなわち国姓爺。鄭芝龍の息子、平戸生まれ。一六四五年に父とと
- もに唐王(隆武帝)を擁立し、一六四六年の福州陥落後も沿岸各地を拠点に抵抗を続けて
- 龍。
- ○鄭芝
頭注
- 祝す
- 主来着
- 詞に商館長
- 参府成功を
- 府内藩主通
- 福州船入港
- に関し問い
- の情報
- タルタリア
- へ脱出
- 入港福州船
- を征圧
- 人中国全土
- 一官は虜尺
- 支那船から
- 示唆
- 発、島原藩
- 福江藩主出
- 使節来航を
- となり、鄭
- 成功は海上
柱
- 六四七年五月長崎にて
ノンブル
- 七一
- (ijquan lauw)
注記 (47)
- 1516,582,54,618確証は今後のことである。
- 1106,591,63,2293任務を得て〔江戸を〕離れていた〔ので〕)、私に多くの祝辞を述べるよう命じた。私以外の誰
- 1006,584,59,2214も〔そのような名誉を受けた者は〕なく、このようなことは今回初めて起こった云々、と。
- 1725,581,54,609北京へ送られ、彼の息子
- 1211,581,59,2270せ、オランダ・カピテンについて質問し、宮廷で出会った大きな名誉について(当時〔彼は〕
- 387,638,58,1943同月十六日穏やかな天気、曇りがちで変わりやすい風。何も起こらなかった。
- 903,633,61,2255同月十五日晴れて快適な好ましい天気。風は南の方から。さらに三隻の、多色の旗と吹流
- 592,424,63,2431節を乗せてまもなく当地に現れるだろう、と述べた。〔彼等は〕さしあたり船上に留められ、
- 698,582,61,2307だタルタリア人に屈従していないさる場所から来た、そこから彼等と同行したもう一隻が、使
- 1322,2324,50,556通詞伝兵衛を召し出さ
- 1614,585,70,2294〓。は四〇〇の船舶とともに海上にいる〔とのことである〕。異なことが取り沙汰され、詳細や
- 1831,634,60,1823新しい知らせは、中国の全土がタルタリア人によって征服され、一官ロウ
- 1311,638,59,1281織部殿は、彼はなお七乃至八日滞在するであろうが
- 802,570,59,2318しをつけた福州風のジヤンク船が現れた。そして同船〔の人々〕はそれゆえ、福州周辺の、ま
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