『日本関係海外史料』 オランダ商館長日記 25 訳10 1646年09月-1647年09月 p.213

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同日、残念なことに多用のため荷卸しができなかった。, で、さらに一人の使者を船上へ求めに行かせようとしたが、(その間に市中から供給されたの, 夕刻近くに、伯左衛門, で)その先は何もしなかった。, 正午頃、先に言及した松平隠岐殿が、彼の子息, もに現れた。さらに、フライト船ヨンケル号が当地の停泊地に〔現れた〕。風は概ね南東のち, て、知事の代理としてそれらについての説明とローマ・カトリック教に, 〔隙間の〕補〓のためのいくらかの麻の繊維を求めて来た。しかし、陸上には全くなかったの, 及び多くの人数とと, 関係してい, に対して、彼等のコーチ・シナへの〔旅〕そして帰りのタイオワン, 南西。, 通航証は、プレシデント・オーフルトワーテル氏によって、去る一月二十日付でタイオワンに, 同月十三日真夜中頃、通詞の吉兵衛殿が知事の名に於いて、引き出されたジヤンク船の, のジヤンク船に乗っている通訳のキムティング, 〓るかどうかも聞くために現れた。それに対して以下のような返答を与えた。すなわち、前述の, 於いて、アナホダ, 或いはその息子, と弟の一人, が、オランダ語の通航証とシヤムのマース金貨を持っ, ジークワ〓, ピンクワ, 〓クワ(, ジリ, ○b本「通詞伯左, 衛門」に作る, ○松平定, 居を構え, 本による, 定頼, ○またはシ, ○赤嵌に, ○b本「何, ○松平, インカ何(廷)斌, 房か, か」を補う。, キムティングの息子で、父同様に, ○或いはホー・フ, る中国人商人でオランダ東インド会社の通訳を勤め、ま, 頭, ○船, 赤嵌の中国人商人の頭の一人, たトンキン、カンボディアなどとの貿易に携わった, ークワ, (pincqua), ○「息子」b, 発行通航証, (anachoda), タイオワン, の由を返答, 参し内容を, 松平定行来, 着, ヨンケル号, 入港, 通詞蘭語の, 通航証を持, 質す, 参し内容を, ジークワ, キムティン, の由を返答, タイオワン, 発行通航証, ピンクワ, 一六四七年八月長崎にて, 二一三

割注

  • ○b本「通詞伯左
  • 衛門」に作る
  • ○松平定
  • 居を構え
  • 本による
  • 定頼
  • ○またはシ
  • ○赤嵌に
  • ○b本「何
  • ○松平
  • インカ何(廷)斌
  • 房か
  • か」を補う。
  • キムティングの息子で、父同様に
  • ○或いはホー・フ
  • る中国人商人でオランダ東インド会社の通訳を勤め、ま
  • ○船
  • 赤嵌の中国人商人の頭の一人
  • たトンキン、カンボディアなどとの貿易に携わった
  • ークワ
  • (pincqua)
  • ○「息子」b
  • 発行通航証
  • (anachoda)
  • タイオワン
  • の由を返答
  • 参し内容を

頭注

  • 松平定行来
  • ヨンケル号
  • 入港
  • 通詞蘭語の
  • 通航証を持
  • 質す
  • 参し内容を
  • ジークワ
  • キムティン
  • の由を返答
  • タイオワン
  • 発行通航証
  • ピンクワ

  • 一六四七年八月長崎にて

ノンブル

  • 二一三

注記 (68)

  • 1842,652,58,1328同日、残念なことに多用のため荷卸しができなかった。
  • 1534,600,61,2289で、さらに一人の使者を船上へ求めに行かせようとしたが、(その間に市中から供給されたの
  • 1012,654,55,546夕刻近くに、伯左衛門
  • 1430,605,54,720で)その先は何もしなかった。
  • 1323,650,59,1157正午頃、先に言及した松平隠岐殿が、彼の子息
  • 1221,597,61,2296もに現れた。さらに、フライト船ヨンケル号が当地の停泊地に〔現れた〕。風は概ね南東のち
  • 911,602,63,1749て、知事の代理としてそれらについての説明とローマ・カトリック教に
  • 1635,599,62,2292〔隙間の〕補〓のためのいくらかの麻の繊維を求めて来た。しかし、陸上には全くなかったの
  • 1336,2409,52,482及び多くの人数とと
  • 923,2630,50,260関係してい
  • 401,1261,56,1634に対して、彼等のコーチ・シナへの〔旅〕そして帰りのタイオワン
  • 1118,597,48,126南西。
  • 704,587,61,2317通航証は、プレシデント・オーフルトワーテル氏によって、去る一月二十日付でタイオワンに
  • 1739,647,62,2241同月十三日真夜中頃、通詞の吉兵衛殿が知事の名に於いて、引き出されたジヤンク船の
  • 608,1577,59,1146のジヤンク船に乗っている通訳のキムティング
  • 793,536,86,2361〓るかどうかも聞くために現れた。それに対して以下のような返答を与えた。すなわち、前述の
  • 603,596,50,431於いて、アナホダ
  • 506,1686,50,380或いはその息子
  • 1325,1949,67,274と弟の一人
  • 1019,1582,61,1306が、オランダ語の通航証とシヤムのマース金貨を持っ
  • 604,1138,64,233ジークワ〓
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