『日本関係海外史料』 オランダ商館長日記 27 訳11 1647年10月-1649年10月 p.4

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もつて知らせるため送った。その夜は帆走し漕走して進んだので、, 満潮とともにそこから、, バタフィアはオランダから約三六〇〇マイル、長崎からは五〇〇マイルである、と返答し、そ, らどれ位遠くに位置しているのか、と尋ねた。それに対し彼に、ポルトガルとは停戦がなり、, れをもつて友好的に暇を得た。私は彼の書記官にも紗綾二反を贈った。, 取り、ポルトガル人とは未だに停戦状態にあるのか、バタフィアはオランダから、また長崎か, 二十九日同知事に挨拶に行き、最初に最古参の知事である丹波様, ヨーロッパに於いて〔それが〕延長されないとしてもなお約三年間維持しなければならない、, の前面に〔着き〕、そこから一人の日本人使用人を大坂へ、我々の到着を同地の宿主に前, の所の宿所まで入って行つた。すぐに、同地の知事に我々の到着を知らさせた。, 色綸子一〇反、紗綾五反、そしてトンキン産天鵞絨三反を贈り、〔彼は〕それを友好的に受け, 長崎築島の元の乙名, 二十八日早朝には満潮とともに川に入り、大坂の前面に到着した。さらに小型バルク船で、, 二十七日朝まで留まり、日の入りの一時間後に明石を通過し、九時, 至二十六日朝、室に〔至り〕、そこで、, へ、彼に白, に脇浜, 一六四七年十一月バルク船にて, 我丹波守古祐, 四一頁, その後父親がオランダ人の宿所を務める大坂へ転居していた。本書訳文編之十、五八頁、一, 名を欠, 本地, ○大坂町奉行曽, ○一六四一年のオランダ人移転以来一六四五年まで出島乙名を務めた海老屋四郎右衛門は、, 参看, 時」に作る, ○b本「八, ○b, 宿主は元出, 曽我古祐を, 訪問, (wakkinofama), 進物を呈す, 島乙名, 大坂の宿所, 大坂町奉行, 紗綾, 1s chisma innangasacqqui.), 綸子, 明石, 大坂へ使者, 天鵞絨, 脇浜, 現況, の位置, 蘭葡休戦の, バタフィア, 大坂到着, 綸子, 紗綾, 室, 大坂町奉行, 四

割注

  • 我丹波守古祐
  • 四一頁
  • その後父親がオランダ人の宿所を務める大坂へ転居していた。本書訳文編之十、五八頁、一
  • 名を欠
  • 本地
  • ○大坂町奉行曽
  • ○一六四一年のオランダ人移転以来一六四五年まで出島乙名を務めた海老屋四郎右衛門は、
  • 参看
  • 時」に作る
  • ○b本「八
  • ○b
  • 宿主は元出
  • 曽我古祐を
  • 訪問
  • (wakkinofama)
  • 進物を呈す
  • 島乙名
  • 大坂の宿所
  • 大坂町奉行
  • 紗綾
  • 1s chisma innangasacqqui.)
  • 綸子

頭注

  • 明石
  • 大坂へ使者
  • 天鵞絨
  • 脇浜
  • 現況
  • の位置
  • 蘭葡休戦の
  • バタフィア
  • 大坂到着
  • 綸子
  • 紗綾
  • 大坂町奉行

ノンブル

注記 (54)

  • 1014,411,39,1216もつて知らせるため送った。その夜は帆走し漕走して進んだので、
  • 1322,409,38,427満潮とともにそこから、
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