『日本関係海外史料』 イギリス商館長日記 5 訳文編之下 元和3年6月~8年2月 p.534

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他の一〇貫目を受取った。さらにまた私はその名を, 樽を携えてやって來たが、さらに、彼が彼等を午餐に招く時間がなくなったため彼等とともに, は三人の從者を派遣して寄越したが、これは、彼がこれらの人々に、我々が我々の船で日本人, 〔一振〕をキャプテン・プリングとキャプテン・アダムズへの贈物として持參した。その直後に, 利子は、利子元金とも返濟のときまで、一箇月二パーセント、すなわち一箇月に四〇○匁を支, セミ殿がキャプテン・プリングとキャプテン・アダムズに宛てた日本の銃二挺とモロファク二, また今日、イギリス商館で、我々とオランダ人たちとは、平戸の王、彼の弟トノモン樣、彼等, 酒を飮んで彼の暇を乞いたいと、日本の流儀に從って饗宴用の料理を持參した。さらにまた干, 拂うことになっている。ウィリアム・イートン君がこの現金の内一〇貫目を、そして私自身が, の大叔父ボンゴ樣、及びセミ殿に與えられた贈物を記入した二册の(一册は英語、もう一册は, ブラのボンギュウ二人に宛てて手紙を一通書いたが、これは彼等に、バルク船で難破した我々, の船員たち, オランダ語の)帳簿に我々の署名を据えた、等々。, ボネモン殿, を救助して呉れたことに對して謝意を述べるためであった。また夜近く, が今日我々に利子附きで丁銀二〇貫目を貸附けたが、, ファカタのヤイェモン殿〓, が彼の主人のトノモン樣のところからやって來て槍一本とランゲナット, 他の一〇貫目を受取った。さらにまた私はその名を期戰をと呼ぶウ〓, 〓戰をと呼ぶウ〓, の條參照一, )十二月九日, ○ソーカとは別, 人であろう。, 門か, ○文右衞, ○薙, (yayemon dono of faccata), 刀。, 鐵炮と諸白, に署名す, 兩人に書状, 贈物の目録, 松浦家への, 博多の彌右, を送り長崎, 衞門より丁, 銀を借用す, 大村の奉行, 二名を派し, 隆信吟味役, より歸るホ, て英船隊の, ワイト等救, 援の事を謝, と料理, 信辰用人文, 槍と薙刀, 右衞門を派, 物を贈る, に物を贈る, 佐川主馬も, す, し英司令官, 英司令官に, 鐵炮と諸白, 一六二〇年十二月, 五三四

割注

  • の條參照一
  • )十二月九日
  • ○ソーカとは別
  • 人であろう。
  • 門か
  • ○文右衞
  • ○薙
  • (yayemon dono of faccata)
  • 刀。
  • 鐵炮と諸白

頭注

  • に署名す
  • 兩人に書状
  • 贈物の目録
  • 松浦家への
  • 博多の彌右
  • を送り長崎
  • 衞門より丁
  • 銀を借用す
  • 大村の奉行
  • 二名を派し
  • 隆信吟味役
  • より歸るホ
  • て英船隊の
  • ワイト等救
  • 援の事を謝
  • と料理
  • 信辰用人文
  • 槍と薙刀
  • 右衞門を派
  • 物を贈る
  • に物を贈る
  • 佐川主馬も
  • し英司令官
  • 英司令官に
  • 鐵炮と諸白

  • 一六二〇年十二月

ノンブル

  • 五三四

注記 (58)

  • 1124,621,57,1245他の一〇貫目を受取った。さらにまた私はその名を
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