『日本関係海外史料』 イギリス商館長日記 5 訳文編之下 元和3年6月~8年2月 p.645

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樣であった、等々。, ルク船五艘分の平石を受取った。, き、〔我々は〕セミ殿とタカモン殿により連日遷延させられて來たが、彼等は、これまでそれを, 約束しておきながら今になって、彼等としてはこれを短縮しなくてはならない立場にある、と, そして、我々の埠頭すなわち波止場を海中へ向け三間擴張する許可を我々に與える件に就, 今朝はなお快晴の天氣で、僅かながら北の風があり、, 我々は今日大工九人半、人夫一五五人、及び葭編み人夫一人を雇った。さらにまた我々はバ, あろうと記した手紙を受取った。, やがて風向きは西に變った。しかも終日快晴の乾燥した天氣であり、そしてその後の夜分も同, また私は長崎からイートン君からの手紙一通と〓麹二〇塊と卷きビスケット二〇箇とを、さ, 〓十八日(ニングワチ六日), らにまた通詞メルチヤ。ーから他の一通の、セイヤー君が紛失した品は何ひとつ取〓されないで, に、或いは少くとも, アマコンへは行かない旨の保證を與えるならば〔手渡すように〕と記したものである。, 彼等の内誰でも良いが二人に、寫しに見える通りこのジャンク船がコーチンシナへだけ行き、, アンすなわちドーコ樣, 一六二一年三月, 翌月中に終了の約束で埠頭を造る勘定として一貫目が支拂われた」との補記がある、, doco samma), 曜日」とある。, ○〓外註に「日, ○他の二通, ○モロ・ジュアンは町田宗加壽庵のことなので、ドーコはソー, 力の誤り。その場合上記のソーカはソーインの誤記となろう。, 容の記載を闕く。別に欄外に「スフィオ〔左兵衞か〕及びボニモン殿〔文右衞門か〕に, の宛先・内, 翌月中に終了の約束で埠頭を造る勘定として一貫目が支拂われた」との補記がある, び松浦重忠, に書状を送, り埠頭の規, 模短縮の非, 長崎に在る, を論ず, 佐川信利及, イートン及, 來信, び通詞メル, の誓約を求, に交趾直行, 埠頭築造の, 左兵衞及び, チャーより, 手附金を支, 拂ふ, 文右衞門に, む, 六四五

割注

  • 曜日」とある。
  • ○〓外註に「日
  • ○他の二通
  • ○モロ・ジュアンは町田宗加壽庵のことなので、ドーコはソー
  • 力の誤り。その場合上記のソーカはソーインの誤記となろう。
  • 容の記載を闕く。別に欄外に「スフィオ〔左兵衞か〕及びボニモン殿〔文右衞門か〕に
  • の宛先・内
  • 翌月中に終了の約束で埠頭を造る勘定として一貫目が支拂われた」との補記がある

頭注

  • び松浦重忠
  • に書状を送
  • り埠頭の規
  • 模短縮の非
  • 長崎に在る
  • を論ず
  • 佐川信利及
  • イートン及
  • 來信
  • び通詞メル
  • の誓約を求
  • に交趾直行
  • 埠頭築造の
  • 左兵衞及び
  • チャーより
  • 手附金を支
  • 拂ふ
  • 文右衞門に

ノンブル

  • 六四五

注記 (47)

  • 844,612,53,446樣であった、等々。
  • 635,625,54,764ルク船五艘分の平石を受取った。
  • 425,620,64,2277き、〔我々は〕セミ殿とタカモン殿により連日遷延させられて來たが、彼等は、これまでそれを
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  • 1159,610,54,776あろうと記した手紙を受取った。
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