『日本関係海外史料』 イギリス商館長日記 5 訳文編之下 元和3年6月~8年2月 p.652

Loading…

要素

割注頭注ノンブル

OCR テキスト

私は我々の通詞をタカモン殿のところへ派遣して、彼が果して我々の作業を停止し、さらに, 繼續してはならないとの命令を下したかどうかを知ろうとした。しかし彼は私に傳言を寄越し, 殿のところへ話しに行き、何故彼が我々の作業を停止したかを知ろうとした。しかしセミ殿は, 南の風があり、かなりの強風だった。しかも日中及び夜間ともに乾燥した天氣であった、等々。, て、彼は本件に關わりをもっておらず、それはセミ殿に屬することであって自分にではない、, と言って來た。それ故、その後私はキャプテン・スペックを呼びにやり、私といっしょにセミ, の評議會が我が國民に與えた特許に違反するからである、と答えた。そこで直ちに彼は大工た, 二十四日(ニングワチ十二日)今朝は本曇りの天氣であった。終日及びその後の夜間に亘り, ちと總べてのその他の人夫たちに、何ぴとも働いてはならぬ、との命令を下した。そこで仕事, は一頓挫を來した。また私々は今日樋に用いる瓦六二枚を受取った。, 我々に傳言を寄越して、自分は裁判上の用務で多忙であり、それ故我々は夜近いころなら來ても, ように命じた。」と。, 引換えに〕彼に引渡す, 六二〇年ここに終る。, 一六二一年三月, ひ堺のソーチー殿sochie dono〔前出一六二〇年十二月二十八日の條のスーチェオ殿soucheo donoに同じ〕及びコフ, 〓オ殿に手紙を一通書送り、トーザモンから六○貫目を受領し、トーザイェモンに托して送られた私の證文を〔これ, ○〓外註にはなお次の補記が, ある。すなわち「私は大坂及, び堺のソーチー殿sochie dono〔前出一六二〇年十二月二十八日の條のスーチェオ殿soucheo donoに同じ〕及びコフ, 才殿に手紙を一通書送り、トーザモンから六○貫目を受領し、トーザイェモンに托して送られた私の證文を〔これ, 通詞を派し, の眞意を問, て松浦重忠, スペックス, と共に信利, を訪問せん, とす, 工人夫に勞, 働停止を命, 上方商人宗, 佐川信利大, 長及び小兵, 衞に書状を, す, 致す, ふ, 六五二

割注

  • ○〓外註にはなお次の補記が
  • ある。すなわち「私は大坂及
  • び堺のソーチー殿sochie dono〔前出一六二〇年十二月二十八日の條のスーチェオ殿soucheo donoに同じ〕及びコフ
  • 才殿に手紙を一通書送り、トーザモンから六○貫目を受領し、トーザイェモンに托して送られた私の證文を〔これ

頭注

  • 通詞を派し
  • の眞意を問
  • て松浦重忠
  • スペックス
  • と共に信利
  • を訪問せん
  • とす
  • 工人夫に勞
  • 働停止を命
  • 上方商人宗
  • 佐川信利大
  • 長及び小兵
  • 衞に書状を
  • 致す

ノンブル

  • 六五二

注記 (38)

  • 835,649,62,2228私は我々の通詞をタカモン殿のところへ派遣して、彼が果して我々の作業を停止し、さらに
  • 730,601,61,2276繼續してはならないとの命令を下したかどうかを知ろうとした。しかし彼は私に傳言を寄越し
  • 416,601,60,2276殿のところへ話しに行き、何故彼が我々の作業を停止したかを知ろうとした。しかしセミ殿は
  • 938,602,64,2275南の風があり、かなりの強風だった。しかも日中及び夜間ともに乾燥した天氣であった、等々。
  • 626,604,61,2243て、彼は本件に關わりをもっておらず、それはセミ殿に屬することであって自分にではない、
  • 522,599,61,2275と言って來た。それ故、その後私はキャプテン・スペックを呼びにやり、私といっしょにセミ
  • 1769,609,65,2273の評議會が我が國民に與えた特許に違反するからである、と答えた。そこで直ちに彼は大工た
  • 1039,655,68,2223二十四日(ニングワチ十二日)今朝は本曇りの天氣であった。終日及びその後の夜間に亘り
  • 1665,607,62,2277ちと總べてのその他の人夫たちに、何ぴとも働いてはならぬ、との命令を下した。そこで仕事
  • 1563,604,61,1683は一頓挫を來した。また私々は今日樋に用いる瓦六二枚を受取った。
  • 312,600,61,2277我々に傳言を寄越して、自分は裁判上の用務で多忙であり、それ故我々は夜近いころなら來ても
  • 1345,602,45,386ように命じた。」と。
  • 1388,599,44,409引換えに〕彼に引渡す
  • 1194,694,62,637六二〇年ここに終る。
  • 1889,824,43,285一六二一年三月
  • 1487,611,51,2261ひ堺のソーチー殿sochie dono〔前出一六二〇年十二月二十八日の條のスーチェオ殿soucheo donoに同じ〕及びコフ
  • 1442,628,50,2246〓オ殿に手紙を一通書送り、トーザモンから六○貫目を受領し、トーザイェモンに托して送られた私の證文を〔これ
  • 1588,2315,44,565○〓外註にはなお次の補記が
  • 1545,2318,42,562ある。すなわち「私は大坂及
  • 1486,594,51,2279び堺のソーチー殿sochie dono〔前出一六二〇年十二月二十八日の條のスーチェオ殿soucheo donoに同じ〕及びコフ
  • 1441,643,50,2230才殿に手紙を一通書送り、トーザモンから六○貫目を受領し、トーザイェモンに托して送られた私の證文を〔これ
  • 855,325,41,211通詞を派し
  • 767,331,41,208の眞意を問
  • 811,331,41,207て松浦重忠
  • 543,329,40,205スペックス
  • 498,327,40,212と共に信利
  • 455,324,40,213を訪問せん
  • 412,323,35,81とす
  • 1751,331,42,212工人夫に勞
  • 1710,328,38,215働停止を命
  • 1587,329,43,213上方商人宗
  • 1795,328,41,217佐川信利大
  • 1541,327,43,214長及び小兵
  • 1499,326,38,214衞に書状を
  • 1663,327,36,40
  • 1455,327,40,84致す
  • 723,330,44,32
  • 1883,2541,41,119六五二

類似アイテム