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は北に變った。, 就いては私を滿足させることなく立ち去った。この惡漢は我々の船員を使〓して逃亡させるた, め當地に滯在していたが、しかし今やトノによって町から出ることを命ぜられたのである。, 四人が處刑された。すなわち, すなわちピコルの鉛, く商務員たちとともにコチーへ宣告を受けた船員たちの處刑を見に赴いた。そして彼等のうち, 風があった。夜近くと夜間の初めに雨を伴なったが、それ以外は乾燥した状態であり、風向き, た。セイヤー君の手紙では、彼は私に、それ以前の手紙が大麥を運ぶ一バルク船に托して送ら, 我々は今日クラツの王のバルク船數艘に托して、上の方、皇帝のもとへ運ぶため一三〇○袋, れたことを傳えているが、しかしその手紙はまだ手許に屆いていない。さらにまた、アルバ, 發、今月九日附の手紙一通と黒色の繻子一反、及びトーゼモン殿からの手紙一通を受取った, を引取って欲しいとの申出〕に, 〓十日(コングワチ六日)今朝は快晴で靜穩な天氣で、或いはどちらかといえば僅かの南西の, ロ・ムノイスは今日私の肉荳寇の花の入った籠, エドワード・ハリス、水夫長, を引渡した。また私はセイヤー君から、長崎, 繻子の値段は一一〇匁であったが、しかし八〇匁にも値しない代物であっ, 記載を闕く。, ○賣渡しのさい生子を切斷して一ピ, コルずつに秤り分けたのである一, ○以下の氏名の, ○一六一七年十一月」, 二十二日の條參照。, ○〓外註に「長崎から。, 手紙二通」とある。, (price satten xj tais, but not worth 8.), 繻子の値段は一一〇匁であったが、しかし八〇匁にも値しない代物であっ, 船に積む, 絶す, 長崎よりセ, イヤー及び, 荳寇花によ, る支拂を拒, 次で松浦氏, 御用鉛を唐, 津寺澤家の, 平野屋の書, の命により, ムニョス肉, 平戸を退去, 於て處刑せ, 状至る, 名河内浦に, らる, す, 一六二一年十月, 八四〇
割注
- 記載を闕く。
- ○賣渡しのさい生子を切斷して一ピ
- コルずつに秤り分けたのである一
- ○以下の氏名の
- ○一六一七年十一月」
- 二十二日の條參照。
- ○〓外註に「長崎から。
- 手紙二通」とある。
- (price satten xj tais, but not worth 8.)
- 繻子の値段は一一〇匁であったが、しかし八〇匁にも値しない代物であっ
頭注
- 船に積む
- 絶す
- 長崎よりセ
- イヤー及び
- 荳寇花によ
- る支拂を拒
- 次で松浦氏
- 御用鉛を唐
- 津寺澤家の
- 平野屋の書
- の命により
- ムニョス肉
- 平戸を退去
- 於て處刑せ
- 状至る
- 名河内浦に
- らる
- す
柱
- 一六二一年十月
ノンブル
- 八四〇
注記 (47)
- 1218,627,53,340は北に變った。
- 367,617,67,2277就いては私を滿足させることなく立ち去った。この惡漢は我々の船員を使〓して逃亡させるた
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- 1003,624,63,494すなわちピコルの鉛
- 1736,638,65,2275く商務員たちとともにコチーへ宣告を受けた船員たちの處刑を見に赴いた。そして彼等のうち
- 1315,625,69,2277風があった。夜近くと夜間の初めに雨を伴なったが、それ以外は乾燥した状態であり、風向き
- 680,617,68,2284た。セイヤー君の手紙では、彼は私に、それ以前の手紙が大麥を運ぶ一バルク船に托して送ら
- 1097,674,71,2234我々は今日クラツの王のバルク船數艘に托して、上の方、皇帝のもとへ運ぶため一三〇○袋
- 577,626,66,2266れたことを傳えているが、しかしその手紙はまだ手許に屆いていない。さらにまた、アルバ
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