『日本関係海外史料』 イギリス商館長日記 5 訳文編之下 元和3年6月~8年2月 p.840

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は北に變った。, 就いては私を滿足させることなく立ち去った。この惡漢は我々の船員を使〓して逃亡させるた, め當地に滯在していたが、しかし今やトノによって町から出ることを命ぜられたのである。, 四人が處刑された。すなわち, すなわちピコルの鉛, く商務員たちとともにコチーへ宣告を受けた船員たちの處刑を見に赴いた。そして彼等のうち, 風があった。夜近くと夜間の初めに雨を伴なったが、それ以外は乾燥した状態であり、風向き, た。セイヤー君の手紙では、彼は私に、それ以前の手紙が大麥を運ぶ一バルク船に托して送ら, 我々は今日クラツの王のバルク船數艘に托して、上の方、皇帝のもとへ運ぶため一三〇○袋, れたことを傳えているが、しかしその手紙はまだ手許に屆いていない。さらにまた、アルバ, 發、今月九日附の手紙一通と黒色の繻子一反、及びトーゼモン殿からの手紙一通を受取った, を引取って欲しいとの申出〕に, 〓十日(コングワチ六日)今朝は快晴で靜穩な天氣で、或いはどちらかといえば僅かの南西の, ロ・ムノイスは今日私の肉荳寇の花の入った籠, エドワード・ハリス、水夫長, を引渡した。また私はセイヤー君から、長崎, 繻子の値段は一一〇匁であったが、しかし八〇匁にも値しない代物であっ, 記載を闕く。, ○賣渡しのさい生子を切斷して一ピ, コルずつに秤り分けたのである一, ○以下の氏名の, ○一六一七年十一月」, 二十二日の條參照。, ○〓外註に「長崎から。, 手紙二通」とある。, (price satten xj tais, but not worth 8.), 繻子の値段は一一〇匁であったが、しかし八〇匁にも値しない代物であっ, 船に積む, 絶す, 長崎よりセ, イヤー及び, 荳寇花によ, る支拂を拒, 次で松浦氏, 御用鉛を唐, 津寺澤家の, 平野屋の書, の命により, ムニョス肉, 平戸を退去, 於て處刑せ, 状至る, 名河内浦に, らる, す, 一六二一年十月, 八四〇

割注

  • 記載を闕く。
  • ○賣渡しのさい生子を切斷して一ピ
  • コルずつに秤り分けたのである一
  • ○以下の氏名の
  • ○一六一七年十一月」
  • 二十二日の條參照。
  • ○〓外註に「長崎から。
  • 手紙二通」とある。
  • (price satten xj tais, but not worth 8.)
  • 繻子の値段は一一〇匁であったが、しかし八〇匁にも値しない代物であっ

頭注

  • 船に積む
  • 絶す
  • 長崎よりセ
  • イヤー及び
  • 荳寇花によ
  • る支拂を拒
  • 次で松浦氏
  • 御用鉛を唐
  • 津寺澤家の
  • 平野屋の書
  • の命により
  • ムニョス肉
  • 平戸を退去
  • 於て處刑せ
  • 状至る
  • 名河内浦に
  • らる

  • 一六二一年十月

ノンブル

  • 八四〇

注記 (47)

  • 1218,627,53,340は北に變った。
  • 367,617,67,2277就いては私を滿足させることなく立ち去った。この惡漢は我々の船員を使〓して逃亡させるた
  • 265,625,64,2188め當地に滯在していたが、しかし今やトノによって町から出ることを命ぜられたのである。
  • 1643,635,55,693四人が處刑された。すなわち
  • 1003,624,63,494すなわちピコルの鉛
  • 1736,638,65,2275く商務員たちとともにコチーへ宣告を受けた船員たちの處刑を見に赴いた。そして彼等のうち
  • 1315,625,69,2277風があった。夜近くと夜間の初めに雨を伴なったが、それ以外は乾燥した状態であり、風向き
  • 680,617,68,2284た。セイヤー君の手紙では、彼は私に、それ以前の手紙が大麥を運ぶ一バルク船に托して送ら
  • 1097,674,71,2234我々は今日クラツの王のバルク船數艘に托して、上の方、皇帝のもとへ運ぶため一三〇○袋
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