『日本関係海外史料』 イギリス商館長日記 5 訳文編之下 元和3年6月~8年2月 p.968

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の手紙一通を受取った。, 午餐の前に四リーグ、その後に五リーグ半進んだ。, る。すなわちこれらの二八枚のコバンはカカゼモン殿の息子の利用に供するものであって、ス, 風の吹く、乾燥した天氣であった。しかし夜間の一部には雨が降った。, せて五〇○匁であるが、我々が同地から出發するさい彼女からそれだけ借りてあったからであ, が、大坂より平戸へ到著して後三日以内に死去したこと、竝びに帆, トロイエモン殿の息子のためではない。また別に二〇枚のコバンを私はオスターウィック君に, 航海の勘定で手渡した。またカカゼモン殿は私に雁二羽を、またキャプテン・カムプスにも同, ズの侍女〓〓である江戸の我々の宿の女主人に上記の比率で手渡して貰うことにした。合わ, に來て夕食を攝ったが、宿の主人の名はトーゼモン殿といった。, がモルッカ諸嶋へ向けて出發したことを記した日本語, 〓二十日(ニングワチ十九日)今朝は快晴の天氣であった。しかし午前中を通じて本曇りで西, 殿といった。またノマズ, じものを贈物として屆けて寄越した。キャプテン・カムプスは、コルネリウス, 我々はオドロからファカナ・ヤマ, に來て午餐を攝ったが、宿の主人の名はジェムビオ, ムズの侍, ルネリスセン・ハ, ○ウィルレム・コ, 一六二三年健在、ワウテルセン、ファン・ザーネン、ファン・ネイエンローデ, 六二一年から二三年に豆り決議録に署名しており、コルネリス・ファン・シ, ○箱根, ○船名の記載を闕くが、ニ「, ,cornelis thomass.であろう。, ー・ゼーラント號であろう、, は皆後の人であり、たぶんトマセ, ・ゼーラン, ス某死去す, 蘭船ニュー, コルネリウ, ○沼, る書状を披, イヘンwillem cornelissen huijgenは, ト號出帆す, 津, 露す, イエルセンcornelis van reijersenは, 戸より來れ, 山。, (nomads), 力ムプス平, 充つべく送, への支拂に, 江戸の宿主, 其の一半を, 其の一半を, 箱根山, 宿主善兵衞, オスターウ, 達す, 宿主藤左衞, ィックの旅, 沼津, 費に充つ, スに物を贈, 横田コック, 力ムプス平, る, 門, 戸より來れ, 一六二二年三月, 九六八

割注

  • ルネリスセン・ハ
  • ○ウィルレム・コ
  • 一六二三年健在、ワウテルセン、ファン・ザーネン、ファン・ネイエンローデ
  • 六二一年から二三年に豆り決議録に署名しており、コルネリス・ファン・シ
  • ○箱根
  • ○船名の記載を闕くが、ニ「
  • ,cornelis thomass.であろう。
  • ー・ゼーラント號であろう、
  • は皆後の人であり、たぶんトマセ
  • ・ゼーラン
  • ス某死去す
  • 蘭船ニュー
  • コルネリウ
  • ○沼
  • る書状を披
  • イヘンwillem cornelissen huijgenは
  • ト號出帆す
  • 露す
  • イエルセンcornelis van reijersenは
  • 戸より來れ
  • 山。
  • (nomads)
  • 力ムプス平

頭注

  • 充つべく送
  • への支拂に
  • 江戸の宿主
  • 其の一半を
  • 箱根山
  • 宿主善兵衞
  • オスターウ
  • 達す
  • 宿主藤左衞
  • ィックの旅
  • 沼津
  • 費に充つ
  • スに物を贈
  • 横田コック
  • 力ムプス平
  • 戸より來れ

  • 一六二二年三月

ノンブル

  • 九六八

注記 (62)

  • 807,634,55,549の手紙一通を受取った。
  • 283,633,56,1212午餐の前に四リーグ、その後に五リーグ半進んだ。
  • 1543,623,61,2273る。すなわちこれらの二八枚のコバンはカカゼモン殿の息子の利用に供するものであって、ス
  • 597,626,58,1704風の吹く、乾燥した天氣であった。しかし夜間の一部には雨が降った。
  • 1648,622,61,2274せて五〇○匁であるが、我々が同地から出發するさい彼女からそれだけ借りてあったからであ
  • 1019,1286,60,1623が、大坂より平戸へ到著して後三日以内に死去したこと、竝びに帆
  • 1439,623,59,2271トロイエモン殿の息子のためではない。また別に二〇枚のコバンを私はオスターウィック君に
  • 1333,618,59,2289航海の勘定で手渡した。またカカゼモン殿は私に雁二羽を、またキャプテン・カムプスにも同
  • 1746,663,75,2228ズの侍女〓〓である江戸の我々の宿の女主人に上記の比率で手渡して貰うことにした。合わ
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  • 688,565,90,2343〓二十日(ニングワチ十九日)今朝は快晴の天氣であった。しかし午前中を通じて本曇りで西
  • 388,631,52,588殿といった。またノマズ
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