『日本関係海外史料』 イギリス商館長日記 6 訳文編付録(上)元和5年1月~9年11月 p.37

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いし二艘を送って欲しい、と言って寄越しました。私はその通り實行し、そして、エド〔モン, 乘って出かけました。しかしこの避難港のなかにいたオランダ船舶の傍を通り過ぎますと、彼, 地沿岸への到著を知らせ、かつ彼等のところへ彼等の船を曳き入れるのを助けるため小舟一な, ました。かかる公然の違法行爲が(皇帝により我々に與えられた諸特權に違背して)日本にいる, ド〕・セイヤーとリチャード・キングと、ジョン・コウカーが我々の通詞とともにその小舟に, と、さらにマスケット銃四ないし五挺を構えて彼等めがけて〓の(すなわち〓で結えた)彈丸を, 發射しましたが、甚だ幸運なことに、イギリス人たちには當らずに、ひとりの日本人を殺害し, は實行しました, での間、その日の大部分に亘ってそこに留置されていました。ところがこの事もまだ過ぎやら, し、かつ裁判を求めることが適切だと考えられ(かつ全體會議によって同意を見)、その通り私, 我々に對して行われたからには、私が日本の皇帝の宮廷に赴いて彼等の所業を陛下, ぬころ我々のジャンク船がシャムから到著し、そこにはイートン君が乘って來て私に彼等の當, が、これは閣下等にとって多くの勞力と大きな負擔を招きました。そして皇帝の命令及, びその樞密顧問官によって平戸のトノすなわち王に對して兩當事者を聽聞して裁判の執行を見, 等は一門の大砲を彼等に向けましたが、それは發射に失敗しました。彼等は、そのことを知る, に通知, ○秀, に記録がないので詳細は不明であるが、秀忠の伏見滯在は元和五年五月廿七日より九月十八日ま, ○この一六一九年コックスのミアコへの旅行のことは、第八號書状のキリシタン處刑のこと以外, 忠。, でであ, った。, 同號の曳航, コックス在, 非法を訴ふ, スィー・ア, 交換に釋放, 忠に蘭人の, に向ふセイ, ユア號の代, イートン等, 京の將軍秀, ドヴェンチ, 羅より歸航, 夫殺害さる, 替船にて暹, り日本人水, 幕府松浦氏, ヤー等の小, 彈銃撃によ, 舟蘭船の砲, 撃を受く, の裁決を委, に英蘭紛爭, 蘭人の連〓, しキングと, す, す, 一六二〇年三月, 三九, 一六二〇年三月

割注

  • ○秀
  • に記録がないので詳細は不明であるが、秀忠の伏見滯在は元和五年五月廿七日より九月十八日ま
  • ○この一六一九年コックスのミアコへの旅行のことは、第八號書状のキリシタン處刑のこと以外
  • 忠。
  • でであ
  • った。

頭注

  • 同號の曳航
  • コックス在
  • 非法を訴ふ
  • スィー・ア
  • 交換に釋放
  • 忠に蘭人の
  • に向ふセイ
  • ユア號の代
  • イートン等
  • 京の將軍秀
  • ドヴェンチ
  • 羅より歸航
  • 夫殺害さる
  • 替船にて暹
  • り日本人水
  • 幕府松浦氏
  • ヤー等の小
  • 彈銃撃によ
  • 舟蘭船の砲
  • 撃を受く
  • の裁決を委
  • に英蘭紛爭
  • 蘭人の連〓
  • しキングと

  • 一六二〇年三月

ノンブル

  • 三九
  • 一六二〇年三月

注記 (51)

  • 1455,625,59,2268いし二艘を送って欲しい、と言って寄越しました。私はその通り實行し、そして、エド〔モン
  • 1246,622,58,2288乘って出かけました。しかしこの避難港のなかにいたオランダ船舶の傍を通り過ぎますと、彼
  • 1561,623,57,2281地沿岸への到著を知らせ、かつ彼等のところへ彼等の船を曳き入れるのを助けるため小舟一な
  • 833,621,57,2287ました。かかる公然の違法行爲が(皇帝により我々に與えられた諸特權に違背して)日本にいる
  • 1352,619,56,2276ド〕・セイヤーとリチャード・キングと、ジョン・コウカーが我々の通詞とともにその小舟に
  • 1043,623,55,2282と、さらにマスケット銃四ないし五挺を構えて彼等めがけて〓の(すなわち〓で結えた)彈丸を
  • 936,616,59,2290發射しましたが、甚だ幸運なことに、イギリス人たちには當らずに、ひとりの日本人を殺害し
  • 516,622,59,385は實行しました
  • 1772,627,57,2277での間、その日の大部分に亘ってそこに留置されていました。ところがこの事もまだ過ぎやら
  • 623,627,58,2284し、かつ裁判を求めることが適切だと考えられ(かつ全體會議によって同意を見)、その通り私
  • 726,619,60,2019我々に對して行われたからには、私が日本の皇帝の宮廷に赴いて彼等の所業を陛下
  • 1667,632,57,2279ぬころ我々のジャンク船がシャムから到著し、そこにはイートン君が乘って來て私に彼等の當
  • 416,751,56,2155が、これは閣下等にとって多くの勞力と大きな負擔を招きました。そして皇帝の命令及
  • 311,614,59,2291びその樞密顧問官によって平戸のトノすなわち王に對して兩當事者を聽聞して裁判の執行を見
  • 1140,617,57,2290等は一門の大砲を彼等に向けましたが、それは發射に失敗しました。彼等は、そのことを知る
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  • 546,1014,47,1891○この一六一九年コックスのミアコへの旅行のことは、第八號書状のキリシタン處刑のこと以外
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