『日本関係海外史料』 イエズス会日本書翰集 5 訳文編之1(下) 天文19年12月~21年11月 p.2

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手紙(○前記第三八号書翰を指すと思われる。)を私は見ました。その者がそこで述べているこ, 教徒にすることを期待していること、またその土地において主のために多くの奉仕がなされる, 第二便, るが、貴久は当時伊集院にいた。)に招かれたこと、私達の主にあって彼を改宗させてキリスト, 摩・大隅両国の領主島津貴久。)によって彼が居住していた主要な町(○鹿児島を指すと思われ, フ・ヴィッキ編『インド史料集』第二巻所収、第四三号文書。), して本国へ帰還。)のポルトガル国王ドン・ジョアン三世宛書翰(○ヨゼ, とは、彼(〇フランシスコ。)が日本に到着したこと、その地からマラッ力へ手紙を書き送った, こと、多くの成果を得てすでに多数のキリスト教徒を作ったこと、またその土地の国王(○薩, へきこと、またその同じ手紙と一緒にその土地の人びと数名がキリスト教徒の習慣や教会及び, (○上略。)ある人物がメストレ・フランシスコの消息について書き認めた、マラッカから来た, して一五五〇年から一五五四年までポルトガル領ンドを統治するも、翌年一月貧窮, インド副王ドン・アフォンソ・デ・ノローニヤ(○第五代インド副王と, 一五〓一年一男十六日{〓天文十九年十二月十日。)付、コーチン発、, (viceroyofidia)(dom afonso de noronha), 一五五一年一月十六日(○天文十九年十二月十日。)付、コーチン発、, ル国王宛書, 日本人マラ, のポルトガ, ツカに至る, インド副王, 翰, 日本情報, 二, 三九

割注

  • (viceroyofidia)(dom afonso de noronha)
  • 一五五一年一月十六日(○天文十九年十二月十日。)付、コーチン発、

頭注

  • ル国王宛書
  • 日本人マラ
  • のポルトガ
  • ツカに至る
  • インド副王
  • 日本情報

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  • 三九

注記 (25)

  • 947,563,59,2283手紙(○前記第三八号書翰を指すと思われる。)を私は見ました。その者がそこで述べているこ
  • 437,561,57,2285教徒にすることを期待していること、またその土地において主のために多くの奉仕がなされる
  • 1152,618,51,158第二便
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  • 641,563,59,2287摩・大隅両国の領主島津貴久。)によって彼が居住していた主要な町(○鹿児島を指すと思われ
  • 1350,789,55,1505フ・ヴィッキ編『インド史料集』第二巻所収、第四三号文書。)
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  • 845,566,57,2284とは、彼(〇フランシスコ。)が日本に到着したこと、その地からマラッ力へ手紙を書き送った
  • 743,567,58,2286こと、多くの成果を得てすでに多数のキリスト教徒を作ったこと、またその土地の国王(○薩
  • 335,580,59,2265へきこと、またその同じ手紙と一緒にその土地の人びと数名がキリスト教徒の習慣や教会及び
  • 1050,596,58,2257(○上略。)ある人物がメストレ・フランシスコの消息について書き認めた、マラッカから来た
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