『日本関係海外史料』 オランダ商館長日記 20 訳8上1643年09月-1644年06月 p.18

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てマニラに長く居住していた者を我々の宿所へ送ろう、彼の口から同地域全体の最新の情勢に, である、と謹んで願った。この願いに閣下は非常に喜び、そうしようと約束した。それに加え, 特に地図の写しを手にしたらば、非常に喜ぶであろう、と述べた。この話の間に三郎左衛門殿, 得ることによって、我々の敵スペイン人及びマニラの地に対して優位を得ることができるから, 無事な参府への祝いを述べ、それに対し、また閣下が長崎離任の前に知事権八殿に、我々が再, 違いなく非常に喜ばれる、(そのためにどんなにか努力していたにも拘らず)我々は未だ同地域, のこれ程完全なものを得ることができなかったのである)この地図の写しを頂きたい、それを, これらすべてのことを明確に我々の総督閣下に書き知らせる積もりである、総督はそのことを、, 我々は閣下に、数々の親切と、前述の地図を見せ、説明して下さった名誉に対し、深く感謝し、, が到着し(それで前述の会話は途切れた)、彼は(筑後殿によってなされたのと同様に)迅速で, び日本に来る時には大砲は船上に残して置くことを(その他の厚遇とともに)許可するよう勧, ついて聞くことができるだろう、それによって優位を得ることを心から願っている、と言った。, 〓いた等々と答えた。我々は閣下に、バタフィアにいる我々の総督閣下に送るために(それは間, であった)、その時同行した人々からその話を聞, ヘンドリックスゾーン・クワストmathijs hendricksz. quast一六〇一年スヒーダムschiedam生まれ。一六, 一五年以来東インドに在り、オランダ東インド艦隊の司令官に昇進した。一六三七年一旦帰国したが同年中に, 令官として日本の東部近海を探検した。一六四一年没, 東インドに戻り、一六三九年第一次金銀島探検航海の司, 令官として日本の東部近海を探検した。一六四一年没, 東インドに戻り、一六三九年第一次金銀島探検航海の司, 一五年以来東インドに在り、オランダ東インド艦隊の司令官に昇進した。一六三七年一旦帰国したが同年中に, ヘンドリックスゾーン・クワストmathijs hendricksz. quast一六〇一年スヒーダムschiedam生まれ。一六, を蘭人宿所, ニラ在住者, に派し情報, を与えるト」, を写し総督, 場利重到着, 井上、元マ, へ送ること, 長崎奉行馬, を願う, とを約す, マニラ絵図, 馬場への謝, 辞, 六四三年十二月江戸にて, 七

割注

  • 令官として日本の東部近海を探検した。一六四一年没
  • 東インドに戻り、一六三九年第一次金銀島探検航海の司
  • 一五年以来東インドに在り、オランダ東インド艦隊の司令官に昇進した。一六三七年一旦帰国したが同年中に
  • ヘンドリックスゾーン・クワストmathijs hendricksz. quast一六〇一年スヒーダムschiedam生まれ。一六

頭注

  • を蘭人宿所
  • ニラ在住者
  • に派し情報
  • を与えるト」
  • を写し総督
  • 場利重到着
  • 井上、元マ
  • へ送ること
  • 長崎奉行馬
  • を願う
  • とを約す
  • マニラ絵図
  • 馬場への謝

  • 六四三年十二月江戸にて

ノンブル

注記 (38)

  • 1097,581,61,2295てマニラに長く居住していた者を我々の宿所へ送ろう、彼の口から同地域全体の最新の情勢に
  • 1200,582,61,2290である、と謹んで願った。この願いに閣下は非常に喜び、そうしようと約束した。それに加え
  • 686,582,65,2295特に地図の写しを手にしたらば、非常に喜ぶであろう、と述べた。この話の間に三郎左衛門殿
  • 1299,576,63,2293得ることによって、我々の敵スペイン人及びマニラの地に対して優位を得ることができるから
  • 481,583,66,2292無事な参府への祝いを述べ、それに対し、また閣下が長崎離任の前に知事権八殿に、我々が再
  • 1504,571,64,2298違いなく非常に喜ばれる、(そのためにどんなにか努力していたにも拘らず)我々は未だ同地域
  • 1401,579,63,2291のこれ程完全なものを得ることができなかったのである)この地図の写しを頂きたい、それを
  • 789,587,62,2304これらすべてのことを明確に我々の総督閣下に書き知らせる積もりである、総督はそのことを、
  • 891,581,64,2307我々は閣下に、数々の親切と、前述の地図を見せ、説明して下さった名誉に対し、深く感謝し、
  • 583,588,65,2286が到着し(それで前述の会話は途切れた)、彼は(筑後殿によってなされたのと同様に)迅速で
  • 381,590,62,2284び日本に来る時には大砲は船上に残して置くことを(その他の厚遇とともに)許可するよう勧
  • 995,585,61,2302ついて聞くことができるだろう、それによって優位を得ることを心から願っている、と言った。
  • 1605,547,64,2321〓いた等々と答えた。我々は閣下に、バタフィアにいる我々の総督閣下に送るために(それは間
  • 1717,1739,55,1131であった)、その時同行した人々からその話を聞
  • 1844,593,50,2248ヘンドリックスゾーン・クワストmathijs hendricksz. quast一六〇一年スヒーダムschiedam生まれ。一六
  • 1792,588,53,2261一五年以来東インドに在り、オランダ東インド艦隊の司令官に昇進した。一六三七年一旦帰国したが同年中に
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  • 1689,577,50,1113令官として日本の東部近海を探検した。一六四一年没
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