『日本関係海外史料』 イエズス会日本書翰集 8 訳文編之3 弘冶1年11月~永禄2年11月 p.78

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福な商人を擁する大きな市である博多に、修院を建てるための土地を与えると言いました。, って、多くの地が彼に服従し、彼は大いに喜びました。私達は彼の許に人を遣わし、彼はこれ, ル・ガーゴがいる平戸から、道程にして一日の所にあります。早速、私達は土地を見に行くよ, うに命じ、パードレ(〇バルテザール・ガーゴ。)は修院を開くため、平戸を出発しました。, そこは大きな土地ですから、多大な成果が得られることを期待しています。また、私達はそこ, 起こす。弘治三年七月、古処山城にて自害。)に、勝利したというものでした。この勝利によ, に対して謝意を表わしました。ある夜、彼は晩餐のため私達の修院を訪れ、私達からも、また, (○博多。)に居住する者が平戸へと来ることを決定しました。というのも、平戸は、それ(〇, 土地。)そのものが小さく、住民も僅かだからです。しかし、〔平戸は〕日本で最良の港を有す, そうしてくれるように願い出る心積もりだったからです。しかし、主はかくの如く、彼の方が, 先に事を起こすように望まれたのでした。前述の地(○博多。)は、パードレ・バルタザー, 冬を越すポルトガル人からも、大いに祝われました。彼は修院と教会を悉く見てたいそう喜び、, 多くのことを質問して、その〔返答に〕よく耳を傾けました。最後に私達に対して、多数の裕, 杵鑑速が出陣。)を派遣していた大身(○秋月文種。毛利元就に呼応して大友氏に対し反乱を, 〓私達はその恩恵を受け入れ、大変喜びました。というのも、彼が恩恵を授ける前に、私達が, 為ガーゴを, 多に上地を, 修院を開く, 博多へ派遣, 義鎮より博, 与えらる, す, 七八

頭注

  • 為ガーゴを
  • 多に上地を
  • 修院を開く
  • 博多へ派遣
  • 義鎮より博
  • 与えらる

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  • 七八

注記 (23)

  • 879,459,41,1672福な商人を擁する大きな市である博多に、修院を建てるための土地を与えると言いました。
  • 1194,470,44,1730って、多くの地が彼に服従し、彼は大いに喜びました。私達は彼の許に人を遣わし、彼はこれ
  • 561,463,44,1732ル・ガーゴがいる平戸から、道程にして一日の所にあります。早速、私達は土地を見に行くよ
  • 482,460,44,1715うに命じ、パードレ(〇バルテザール・ガーゴ。)は修院を開くため、平戸を出発しました。
  • 403,459,43,1736そこは大きな土地ですから、多大な成果が得られることを期待しています。また、私達はそこ
  • 1273,462,44,1738起こす。弘治三年七月、古処山城にて自害。)に、勝利したというものでした。この勝利によ
  • 1115,464,43,1734に対して謝意を表わしました。ある夜、彼は晩餐のため私達の修院を訪れ、私達からも、また
  • 323,464,45,1734(○博多。)に居住する者が平戸へと来ることを決定しました。というのも、平戸は、それ(〇
  • 243,460,45,1735土地。)そのものが小さく、住民も僅かだからです。しかし、〔平戸は〕日本で最良の港を有す
  • 719,457,43,1741そうしてくれるように願い出る心積もりだったからです。しかし、主はかくの如く、彼の方が
  • 641,459,43,1736先に事を起こすように望まれたのでした。前述の地(○博多。)は、パードレ・バルタザー
  • 1037,462,42,1748冬を越すポルトガル人からも、大いに祝われました。彼は修院と教会を悉く見てたいそう喜び、
  • 957,463,42,1737多くのことを質問して、その〔返答に〕よく耳を傾けました。最後に私達に対して、多数の裕
  • 1353,463,44,1738杵鑑速が出陣。)を派遣していた大身(○秋月文種。毛利元就に呼応して大友氏に対し反乱を
  • 795,419,54,1778〓私達はその恩恵を受け入れ、大変喜びました。というのも、彼が恩恵を授ける前に、私達が
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